不蘭建

絡繰り

 刀を、振るう。

 人間を模した木偶人形を斬り捨てる。


「はぁ……はぁ……」


 何もない、赤茶色の木材でつくられた小部屋。そこに人形の残骸の山を築く。

 頬から顎の線をそって、汗が流れ落ちる。

 隠は、呼吸を整えながら小部屋の先に進んだ。四角い小部屋を進んだ先は、また四角い小部屋だった。

 熊を模した、大きな木像が、隠の前に立っていた。

 かくかく、音を立てながら、熊は体を動かす。小部屋を経由すること十八回。

 全て、動く木像が襲い掛かってきていた。


「いったいいつまで、出てくるわけ」


 うんざりした隠の声に苛立ちが含まれていた。

 なぜこんなことになったのか、それは少し前に遡る。




 〇




 その村は極端に男が少なかった。ほとんどの家で女性が働いている。


「すいませんねぇ、旅人さん。大したもんないんですわ」


 案内された家で白湯を出され、隠は頭を下げた。

 幸いというべきか、その家は夫婦そろっていた。お腹のふくれた女性が、体を休めている。


「お子さん、ですか」

「はい」


 隠の問いに、女性が頷く。愛おしそうに自分の腹を撫でた。


「今夜、泊まれればいいです。仕事も手伝いますし、食料はいりません」

「ありがたい」


 隠の向かい側で、微笑む男。雰囲気は優しげだが、ひどくやつれている。


「あの、飢饉か何かあったんですか」


 控えめに聞くと、男は不思議そうに口を開く。


「いいや。今年は問題ない」

「では、なぜここには男の方が少ないのでしょう」


 隠の疑問に、夫婦は顔を見合わせる。そして、暗い顔になった。


「皆、行方不明なんだ。たぶん、死んじまってる」

「行方不明?」

「ふた月ほど前さ」


 男は語り始める。


「変な笛の音が聞こえるようになったんだ」

「笛の音。それは今も」


 男は首を振る。


「誰もが気味悪がって、聞こえなかった振りをした。だけど、夜になると子どもが誘われるように出て行っちまったんだ」

「止められなかったのですか」

「止められた子もいたさ。だけど全員とまではいかなかった」


 女性が怯えたようにお腹をかばう。産まれてくる子どもを心配して、だろう。


「子どもは帰ってこなかった。探しに行った父親や兄といった男手もだ」

「それで、女の人が働いている、と」


 男は頷く。疲れ切った顔で、俯いた。


「お偉いさんが捜索隊を寄越してくれた。兵が十数人連れてきてもくれた。でも、兵も帰ってこなかったんだ」

「……原因は」

「子どもたちは東に向かっていった。東の方に大きな建物があるんだ、いつの間にかできていて、何の建物かもわからない。村長が訪ねにいったが、村長も」


 戻ってこない。


「誰も近づかなくなったさ。夜は寝ずの番をする大人が必ずいるし、笛の音がもしまた聞こえたら子どもたちがいなくなっちまう」


 男は女性の腹に目をやった。

 心配、なのだろう。


「……今日の寝ずの番。私がやりましょうか」

「……いいのか」

「夜まで、寝かせていただければ。ここの人たちは疲れているみたいですし」


 男は隠の手を握ってきた。


「他の人と話し合いになるが、できれば頼む」


 そう頭を下げられた。







 結局手伝うのは畑仕事になった。よそ者に重要な見張りを任せたくなかったのだろう。

 夜中、隠はおもむろに起きた。

 夫婦は布団で寝ている。起こさないように、荷物をまとめて静かに家を出た。

 夜風が、髪を撫でる。

 心地よい冷たさが目を覚まさせた。


『行くのか』


 頭の中で、朧の声が響く。隠に憑りついている鬼だった。

 隠は頷いて、村を後にした。

 東へ向かう。

 さほど時間はかからなかった。


 その建物の第一印象を述べるのであれば「壁」だった。眼前、視界一杯に巨大な赤茶色の壁が建っている。

 正面には入口らしき、くり抜かれた空間がある。隠を待っているかのように口を開けていた。


「妖の仕業、なのかしら」


 にしては人工物ぽい雰囲気があった。しかし、村の人に悟られずに、これほど巨大な建築物を完成させるのは無理があるだろう。


『わしは知らんな』


 朧は妖のことをある程度理解しているが、最近、朧でもわからない妖に遭遇する機会が多かった。


「入ってみないと、ね」

『虎穴に入らずんば虎子を得ず、じゃな』


 隠は迷わず、その建物に入っていった。







 ――そうして今に至る。


 熊の像、その爪の一撃を避け、上空に飛ぶ。

 胴体へまさかりを叩きつけ、両断した。胴体を分けられ、熊の像が停止する。


 隠は着地すると、そのまま座り込んだ。


 繰り返される小部屋と襲い来る木像の数々。切りがない。

 一度引き返しても同じだった。数部屋進んだ後、同じ部屋分戻ったが、同じことの繰り返しだった。

 そして、出口にたどり着かなかった。


『部屋は切り替わって出れなくなる。進んでも引き返しても木像に襲われる。道理で誰も帰ってこないわけだ』


 きっと誰も生き残っていないだろう。


 送り込まれた兵も、ひとりひとり疲弊していって最期を迎えていったのだろう。

 終わりのない恐怖。それを抱えながら、またひとりと倒れていく。どれほどおぞましいものだったか。


「村の人が、せめてこれ以上怖がらなくて済むようにしないと」

『だな』


 隠が休んでいると、入ったきた小部屋からも、これから向かう予定だった出口からも、木偶人形が殺到する。

 中には兵から奪ったのか、甲冑を着ている者もいた。


「……休ませてくれないかしら」

『このままだと、まずいな』


 同意する。

 隠の体力が切れて、殺到する人形に殺されるのが目に浮かぶようだった。


「朧、どうにかできない?」

『こいつらを全滅させたら、どうにかできるかもしれん』


 隠の両手に刀が握られる。

 そして、人形の部隊に、隠は突っ込んだ。

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