短編「ある日、コンビニ店員の女子大生を守ったら……」

木種

第1話 人助けをしただけなのに

 どこかで誰かが平穏な日を過ごしていたら、その裏で危険な目に遭っている人間がいる。


 それが今、レジでオッサンに絡まれているコンビニ店員の女の子だ。


「なあなあ、そろそろええやろ? 一回くらい外で会おーや」


 関西弁で大学生くらいのその子を口説こうとする姿が情けない。

 彼女も頬を引き攣らせて身を引いている。

 だが、それがオッサンのスイッチを押してしまったみたいだ。


「おい、お前なぁ、俺みたいに優しい人間そうそうおらんねんで? それやのに何が大丈夫ですやねん! 調子乗ってんちゃうぞ!」


 あーあ、意味のわからないキレと形相でそんな詰め寄って。


 彼女は怖がって今にも泣き出しそうな眼で助けを乞うようにこっちを見てきた。てか、目が合った。

 任せなさい。

 スーツをビシッと整えて近づいて行く。


「おい、オッサン」


「あ?」


 振り向いた顔は脅そうとする気満々だ。でもそんなのが効くのはチンピラ気取りの雑魚か気弱な人だけだぞ。


「あ? じゃないよ。その子嫌がってるだろ」


「なんじゃお前。いちいち口突っ込んできてんちゃうぞ、コラァ!」


「唾飛ばさないでくれよ。汚いじゃないか」


 そんなので引くくらいならそもそも声掛けてないってのに。


「とにかく今日のところは早く帰った方がいいよ。じゃないと……」


 先に用意してたスマホの画面を見せつける。


 瞬間、イキっていた皺だらけの顔から血の気が引いた。


「な、なんや兄ちゃん、冗談やん冗談! こんなんで警察になんて電話されたらかなわんわ」


「冗談かどうか関係ないよ。これ以上ここで騒ぐなら通報ボタン押すよってだけの話」


 そう言うと、オッサンはそそくさと自動ドアから出ていく。

 後ろ姿まで情けないとは……。


「あ、ありがとうございます!」


 そっちの方を見ていたら女の子が頭を下げてきた。


 力ある男として当然のことをしたまで。別に大したことじゃない。


「気にしないで。どこにもああいう輩っているから目を付けられたら大変だろうけど、今ので当分は寄ってこないだろうし」


「そうだといいんですけど……」


「怖かったからそう簡単にはいかないのはよくわかるよ。それに君、一ヶ月前くらいに働き始めたばっかだしね」


 彼女は俺の言葉に驚いた。


 いや、まあここ二年、毎日使っているから何となく顔を覚えているだけなんだけど、ちょっとタイミング間違えたかな。


「わ、私もお兄さんの顔、覚えてます」


「そっかそっか」


 良かった、一先ず引かれた様子はない。むしろ、オッサンのせいで離れていたレジとの距離を縮めて話してくれているし、心象に影響はなさそうだ。


「でも、どうして? もしかして、買うものが大抵固まってるからそれでだったり?」


 通勤中に寄って昼飯を買うだけだからどうしても偏っちゃうんだけど、そういうのであだ名をつけられるって話は聞いたことがある。


「まあ、そんな感じです。野菜ジュースと惣菜パン二つですよね?」


「はは……ちょっと恥ずかしいね」


 今まさに片手に持つかごのなかにその三点が揃っているんだもの。


「たしか流川さんですよね?」


 名前まで知られてるんだ。教えたことも名刺交換したこともないはずなんだけど。

 まあ、珍しい名前だし、朝誰かに連絡しているところを聞かれていたのかな。


「そうだよ。君は……菊浦さんか」


 胸元に留られている名札には研修生の文字が連なっている。


「そういえば、他の店員さん来ないけど、どうしたの?」

「それがちょうど今休憩中で、いつも外に出るタイプの人だから……」

「それはちょっと困っちゃうね」


 菊浦さんは苦笑いするしかないか。

 まだ店のすぐ外ならいいんだけど、休憩時間とはいえ平気でどこかに行く人いるもんなぁ。

 研修生だったらなおさら大変だろう。


「まあ、この時間は月曜日から今日土曜日まで毎週俺が通ってるからさ、もしさっきみたいなこと起きたら遠慮なく助け求めてよ」


「はい! ありがとうございます!」


 ようやく安心感に触れられたのか、菊浦さんの声も表情が明るくなった。


 娘が生まれてからより一層家族を守らなくてはと鍛えている身体の効果がこういう場所でも発揮されて良かった。


「じゃあ、そろそろ会社に向かわないといけないから。これ、お会計お願いしていい?」


 菊浦さんは頷いてバーコードをぱっぱと通す。この動きの良さだと研修生の終わりも近いだろう。


「それでは、お会計375円になります」


 お金を払い、商品の入った袋を鞄にいれて店から出ていく。


「いってらっしゃい!」


 ちょうど誰もいないからか掛けられた菊浦さんの温かい声と振られる手を背に、会社に向かった。

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