38:保健室の爺たち

「なるほどな……DT・ホウは戦車まで持ち込んでやがったのか……現地で作ったんじゃねぇんだな?」

「うむ、翁殿の書状に書いてある通り。こちらの国で製造された部品を日本で組み立てた訳ではなく完成品をそのまま持ち込んだようじゃ……どうやってかは知らぬがな」


 二人並んで粗末なベットで寝転がりながら、互いの情報を交換していくキッドと蓮夜。

 それは蓮夜が灯子と出会うきっかけとなった前大使の事件についてであった。


「どうやって持ち込んだ、か。それはおいおい調べるが……あのクソ大使はアンダーテイカーが処分した。棺の中に塩漬けしやがってて……ミイラになってやがった」

「通りで肌身離さなかった訳か。政府に報告は必要かの?」

「日本には通達済みだが……お前ん所の根暗が探してるフリだけはさせてるみてぇだな。アンダーテイカーが首を傾げていた……首から下はプレゼントだったんだけどって」

「頭領が……なにか考えがあるんじゃろう。何にせよ前大使殿の汚名は晴れるのか?」


 ぶっちゃけ蓮夜はDT・ホウの事など微塵も興味がなかった。そんな小さな事よりも灯子の父や母の無念を晴らすことが今回の目的である。


「おう、前大使の潔白けっぱくは直接大統領に報告済みだ。関係者の調査もFBIですんだしな。カイドウの処分も終わっている……あの嬢ちゃんが望めばこっちでの戸籍も用意できるし、正式にその遺産も相続というか譲渡だな。正直こっちで暮らす分には一生使いきれねぇ額だ」


 本来の資産に加えて前大使には潔白が証明されたと同時に慰霊金いれいきんが支払われている。

 今回のケースではあらかじめ灯子という血縁者がいるという事がわかっていたためだ。


「左様か……家は?」

「あー、それなんだが……本邸は歴代大使の使い回しでよ。遺品に関しては国で一定期間保管する決まりになってる」

「では……」

「ああ、今は今度日本に駐在する大使が住んでいる」

「それは仕方がないの……まあ、買えば良いか」


 ぶっちゃけ蓮夜ならばかなりの高級住宅でも家具付きで一括購入できるお金は持ち合わせているので大した問題ではなかった。 


「お優しいこったな斬鬼も……どうせならお前もこっちに移住しろよ。英語も喋れるしどうせ日本に家族がいるわけじゃねぇんだろ?」

「……そうはいかぬよキッド。これでも色々と縁があっての、それに」

「それに?」

「どうにも、こう……落ち着かぬのじゃ」


 DT・ホウの一件で解体した月夜連合だが、蓮夜なりに思い返してみるといやにあっさりと日本政府も……なによりそこを統括する頭領と呼ばれる月夜連合のトップが受け入れた気がした。

 もはや一番の古参となる蓮夜からしてみれば例の一件が片付いたと同時にちゃっかりと再結成していてもおかしくないはず。なのに頭領へ連絡を取ってみれば『解散はくつがえらない、のんびりしろ』の一点張りだった。


「……嗅覚も衰えずか。いいか、こいつは独り言だ」


 それまでのゆるい雰囲気を少し引き締めて、キッドは白い天井を見つめて口を開く。


「先日てめぇらを襲った船、アレは一年以上前に消息を絶ったアメリカ海軍の駆逐艦だ。襲った連中も一緒に行方不明になった海兵隊……クソ面倒クセェしごきに耐えた生粋の海兵がよりによって海賊に成り下がるとは思えねぇ」

「……」

「DT・ホウごときが色々隠して日本大使になったのも不自然だ。俺達の目をかいくぐるのは簡単じゃねぇ」


 今回の件で内偵調査をした所、数名のFBI職員がDT・ホウに対して有利になる調査結果を捏造していた。

 

「日本の大使館に配属されている兵士や職員の殆どはシロ、しかしあの野郎の取り巻きは全員クロ……いくらなんでも出来すぎやしねぇか? それに『蜘蛛の目』……お前ん所の根暗が見落とすはずはねぇんだこんな大事」


 だんだんと、蓮夜の持つ違和感がキッドの言葉に共感をもたらす。


「はっきり言って誰かがクソ準備してクソみてぇな企みをママの腹ン中から操ってんじゃねぇかって」

「……ほう」

「まだカンだがな……俺の髭がそう言ってる」

「そうか」

「禁酒法やら理由のわかんねぇ政策だって通っちまうせいで動きが取れねぇ。笑えるだろ、一番の酒飲みが酒を取り締まってんだぜ?」

「む? アンダーテイカーが道中で飲んでいたのは……」

密造酒みつぞうしゅだな。後で取り締まるんだよ……ギャング共の巣ごとな」


 なるほど、と蓮夜は胸中で合点がいった……大正11年にアメリカで制定された禁酒法で国内の酒類がほぼすべて禁止されてしまっている。

 おそらくその密造酒はアメリカ全土で作られているのであろう、キッドはその捜査に手を取られてDT・ホウを見逃してしまったりしたのだろう。


「ストライプスターは?」

「俺とアンダーテイカー以外は全土に散ってそれぞれクソ虫の駆除中だ……年に数回顔を合わせる程度さ。完全に分断されている」


 思ったよりも深刻そうなキッドの陣営、ストライプスター。それぞれアメリカの全土から集められた実力者で日本の月夜連合よりも規模は大きい。

 その強みの一つである数が今は失われている。 


「ずいぶん大きい独り言さね長官、軽すぎる口は縫っちまうよ? くっくっく」


 こんこん、と今更のように開いた木のドアを叩いて白衣に身を包んだアンダーテイカーが病室に入ってきた。


「おう、縫えるもんなら縫ってみろ。その尻に3つ目の穴を開けられる覚悟があるならな」

「ひっひっひ、酷いジョークさね。ねえ斬鬼?」

「酒が入ってない分マシじゃな。此奴、日本で酒を飲んだ時全裸で女湯に飛び込んだぞ」

「あ! それ黙ってろって!!」

「キャシーが聞いたら長官、全身の皮を剥がれてバッグにされるさね……良いことを聞いたよ斬鬼。」


 ちなみに月夜花での事であり、中居の皆様からフルボッコにされたキッドさんである。

 禁酒法から開放されたキッドは日本酒を浴びるように飲み、禁酒法以前に輸入された自国の酒をたらふく胃に納めてしまい……気が大きくなってしまった。


「そうか、定期的にストライプスター宛に手紙でも書こうかの」

「はっ! よく言うぜまともに字も書けないくせして!!」

「……アンダーテイカー、その問診票とコークスペンを貸してもらえるか?」


 蓮夜が手紙を書けるわけもない、とキッドはゲラゲラ笑い始めたのだが……アンダーテイカーから受け取った紙とペンに蓮夜はサラサラと文を連ねていく。


 その字は綺麗に整った筆記体で……『お主、成長せんのう』と記されていった。


 思わずアンダーテイカーがうなるほど丁寧で読みやすい字。


「……嘘だろ」

「灯子には教師の才能があると思っておる」

「……長官、謝ったほうが良いんじゃないかい? 長官の報告書よりキレイな字さね」

「あ、あのー蓮夜さん? できれば若い日の思い出は墓場にしまっておこうとか思ってくれたりしませんか?」

「お主の態度次第じゃな! はっはっは!」


 ある意味キッドから一本取れた蓮夜は上機嫌で笑う。


「く、クソジジイ。いつの間に」

「月夜連が解体されてから暇でのう、灯子に習ったのじゃ」


 ちなみに蓮夜の憶えは早く、歳的にも難しいんじゃないかと思っていた灯子ですら呆れたほどだった。


「そのお嬢ちゃんがそろそろしびれを切らしているからね。爺さん、退院だよ」

「うむ、そもそも怪我などしておらんしな。そこの阿呆と違って」

「言ってろ、今度その脳天に鉛玉ぶち込んでやるぜ」

「長官も退院していいさね。ヒビが入ってるだけだったからねぇ」


 アンダーテイカーが笑いながら二人に退院許可を出す。

 蓮夜は一応弾丸を掠めた肩……本人すら気づいてなかった傷だが念の為他のところもみてもらい、キッドも本人申告でアバラが折れているとのことだったので検査をしたのだった。


「元気な爺さん共で何よりさね」

「まだジジイ扱いされる歳じゃねぇよ。そこの枯れた細木みてぇな奴と違ってな」

「肋骨ではなく首を折るべきだったかのう」


 久しぶりの邂逅に実弾をぶっ放したキッドもキッドだが、割と蓮夜も酷いことをサラリとキッドに向けて放つ。


「掛け値なしの本気でやろうとしてるのは仲がいいのか悪いのかわかんないねぇ」

「「どうせ死なないし(のう)」」


 事実本気で戦った場合、今回のように蓮夜はキッドに勝てるかと言われればかなり本気で悩むだろうし。

 キッドはよほど運が良くないと蓮夜に勝てないと普段からアンダーテイカーに愚痴をこぼしていた。


 それ故に、二人は妙な信頼関係でお互い本気で命を奪うつもりでじゃれ合いをする。

 最強同士の信頼とでも言うのだろうか? アンダーテイカーからしてみれば理解できないものだった。


「本当にわからないねぇ、まあいいさね。長官も早く直しておくれ、例の件が進んだからアタシは東に戻る予定だからねぇ」

「ああ、しらさぎの襲撃の件か……わかった。あの嬢ちゃんの案内が終わったらそのままシカゴへ向かっていいぞ」

「こっちの守りが手薄になるさね、ギャング共が手ぐすね引いてるってのに」

「お前が日本にいる間に一人ストライプスターが増えた。そいつはこっちで研修がてら守りに当たらせる」


 キッドの唐突な話に首を傾げるアンダーテイカー、そんな簡単になれるものではないはずなのにと疑惑の視線をキッドに向けると肩をすくめてキッドが説明し始める。


「行き倒れていたところを拾ってよ……ちなみに試験で完全装備のストライプスター3人が2分で全滅した」

「……長官、嘘はもうちょっと上手くつくさね」

「お前だったらちょっとはいい勝負だったかもしれねぇな。ヘビーロックとキーニング、マダムの3人だ」

「あの3人か、儂も会ったことがあるが……大したもんじゃのう」


 蓮夜の脳裏にいかつい顔をしつつも子どもに甘い巨躯と言うにふさわしい筋肉と鋼の精神を持つ色黒の青年、常にヘッドホンで大音量の音楽を聞いてるのにこちらの言葉や問いかけには必ず答える素直な少女、もはや裸のほうが健全では? と頭を抱えるほどの美女の姿が浮かぶ。


 それぞれボクシングの名手、諜報員の最精鋭、狂気を完全に制御して敵を殲滅する美しき兵士……訓練で出会うと蓮夜を始め月夜連合の戦士が真っ先に狙う相手だ。


「どんな化け物だい? アタシでも苦戦するよあの3人」

「まあ、引き継ぎの時に顔を合わせる。フロリダの本署で手続き済ませてこっちに向かってるからよ……お前と気が合うはずさ」

「異常者扱いは勘弁さねぇ、こーんなに真面目な医者は他にはいないさね」


 両手を広げて得意気なアンダーテイカーにジジイ2人は顔を見合わせて言い放つ。


「「鏡を見たほうがいい」」


 少なくとも胸元全開でキャバクラにでもいたほうが似合う女医が真面目とは言えないからだ。



 

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