♯23 理解する気なんてなくて

 屋上の扉を開けた。すがすがしい空が見えるわけでもない。排気ガスの臭いが鼻にふんわりと入ってくる。

「夜になったら星が見えないから、この場所気に入ってるの。ミイだけが輝く空って感じ?」

 この女の意図が読めない。あの時、私は配信女と青年を突き放したはずだ。意図的に。どこで狂ったのか、配信女はまだ私に興味を示している。

「ね、宇宙人君って、星から来たんじゃないんだって」

〇✕ピポ……マア、そウダガ。会話ノ流レが読メナイ」

「えーっ、ただの雑談じゃーん。ね、その話、今度ミイの配信でもしてよ~」


 きゃあきゃあと騒ぐ配信女と宇宙人。その姿に、キロロとペルプが重なった。

『だからお前、会話の流れは読めっての!』

『えーっ、いっぱいお話しした方が良くない?』

『良くねえよ! 俺の話もちゃんと聞けー!』

 重ねてはいけないと分かっていても、思わず重ねてしまう。


「なんで私と話そうと思ったの」

配信女と宇宙人の隙間に言葉を投げつける。部屋に戻ってしまおうかとも思ったが、手っ取り早く情報を得たほうがいいと考えなおした。もう一度話を聞きに来るのは億劫だ。

「だって~、情報をあげたら話してくれるんでしょ?」

「ワタシヲ犠牲ニする気カ!?」

「そーそー、ミイのリスナーはみぃんな利用するの。だって、皆も私のこと利用してるじゃん?」

 言葉を吐き捨てる。

「到底理解できない」

「ま、そんなわけで導入はここで終わり! じゃあ~、何を話すんだっけ?そーそー、ビユノムとカルモの話ね!」

 私の言葉に驚きもせず、配信女はぱちんと手を合わせた。

「いいから早く話して」

 座って、と配信女は床を指し示した。断る理由はいくつもあったが、私はそれに従う。私を挟むように、配信女と宇宙人も腰を下ろした。


「急にここにきて物を投げ始めたのがカルモね。それで、激太りのおっさんがビユノムを連れてきて、ビユノムが駆け寄って、『どうしてここにいるんだ』って肩を掴んでね。カルモは……なんだっけ、キ……? まあいいや、『どこにやったのー』って叫んでて。『返して!』って叫んで、持ってるカップをビユノムにひっくり返したから。気絶させたの。ミイが」

 配信女は手を前に翳して笑った。バッジに手を当てようとしたが、その考えは頭を過っただけだった。手が動くことはなかった。きっと、宇宙人の体勢が私を圧迫しているためだ。

「で、ビユノムがカルモを抱きかかえたんだけど、ミイが『その子なーに?』って言ったら、『僕とケトの知り合いだよ』っていうから、ミイ気になっちゃって! ね、カルモとはどういう関係なの?」

「他に何か言ってたの」

 私は、配信女の言葉を遮った。

「ん~、さっきね。カルモが気がついたとき、ミイもビユノムもいたんだけど、その時はいっぱい話しててね。でもミイ、難しい話は嫌いだからよくわかんなくて。だけど、カルモのことは気にいっちゃった」


「『もいなくて、私、どうしたらいいのか……』って泣いてたから」


「……ミイも、友達みんな無くしちゃったからさ。ね、ミイ、カルモのこと誘ってみようと思うんだけど……ケト?」

 カルモは、私がここにいることを知らなかった。何を勘違いしたのだろう。キロロはカルモを、カルモはキロロを探していて、今は双方がここにいると思い込んでいる状況だった。

「ね、ケト。ミイも、対価として情報が欲しいんだけど」


 ――、ああ、私か。

 配信女の顔を、久方ぶりにまともに見た。この組織では見かけないほど、口角を上げて笑っている。

「ミイも、配信仲間が私に会ってくれないの。だから、理由が聞きたいの。ケトが、皆が、どうして私に会ってくれないのか。どうして、カルモに会わないのか教えてくれない?」

 それなのに、切実に、言葉を選んで、忌々しい程に優しく、配信女は私に尋ねた。


「……大切だから」

 またも無意識的に、言葉は私の口から飛び出していく。

「傷つけたくないから。絶対に、私のことを知ってほしくないから。できれば今すぐにここから出て行って欲しい。だから二度と、カルモには会いたくない。皆にも」

 頬を伝って、何か水滴が落ちてくる。違う。泣いてはならない。私は袖で涙を拭った。それなのに、あとからあとから落ちてくる。選び取ったのは私だ。幸せを手放したのは私の選択で、カルモが幸せじゃないからといって、私が……

「それって、カルモはどう思うの?」

「カルモは私のことを知らないから傷つかない」

「だが、ケトは、傷ツイテイナイカ?」

 その言葉を吐いたのは、配信女ではなく宇宙人だった。私の表情を……正確には水滴を見ながら、、恐々と続ける。

「――会エナイコトに、傷ツイテイナイカ?」

 いつの間にか、配信女が私の肩に手を置いていた。私には、配信女の手を振りほどくほどの力はなかった。

「カルモって、知らない人と軽く会っただけで傷つくような人なんだ?」

 その言葉は、いつもの皮肉だった。それなのに、またも、優しさを含んでいて。切なさまでをも含んでいて。違うでしょ、と言いたそうに。

「別に、会えばいいんじゃない? ケトは、自己中なんだから」

「不幸にしたら」

「知らない人に一回会ったくらいで不幸にならないでしょ」

 流石に無理があるかなあ、と配信女は意地悪く笑った。反論するまえに、目を水が覆い、相手の顔が見えなくなった。

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