第六章
#21 衝動への後悔
何も考えずに行動した自分に嫌悪している。
正面から立ち向かう以外の方法がなかったならば、相応に時間を稼いでから向かうべきだったのだ。
私は、戦闘に負けて捕らわれた。手元のポーチは端末ごと取り上げられたらしい。羽交い絞めにされたまま、どこかに連れていかれる。抵抗するくらいなら、魔力を貯めて対抗策を考えるのが得策だと考え、私はされるがままになっていた。
大きな広間の中央に引きずり出された。その場所は写真でしか見たことのない教会みたいだった。祭壇のように階段があり、奥には大きな窓があった。外から見たときでもすぐに分かりそうな大きさだが、どうして気づかなかったのだろう。
階段の傍で、沢山の人が一斉にこちらを見ている。その中心に居るのは優しそうな顔の、スーツを着た深紅の髪の男だった。手で軽く合図をすると、私を捕えていた人々は手を離す。
「……侵入者って、もしかして君?」
怒りも悲しみも含まないような乾いた声。図体以外はあの初老の創立者に似通っている。他に違うところを挙げるとすれば、顔には微笑みすらも称えていないことだ。
「まだ年端のいかない子供まで……ごめんね、僕達と世界の戦いに巻き込んで」
「あなたが吹っ掛けておいて?」
「うん。用意しておいた常套句だから」
深紅の男は、一度周りに顔を向ける。周りにいる社員たちは、絶えず薄い闇を発している。それでも、こちらに口を出そうとはしない。
「君は知らないかもしれないけど、僕達が世界を侵略するのはここで四つ目なんだ。もう慣れてしまったんだよ。世界を滅ぼすことにも、それで不幸になった人を見ることにも。それでも、一応聞かせてくれないか。何を思ってここに来たのか。僕達のせいで、君がどんな不幸を味わったのか」
時間を稼がなければならない。絶望的な状況にあっても、会話からできるだけ情報を集めなければならない。私は、しばらく考える。
「別に世界の侵略とかはどうでもいい。私が不幸になっても、私の仲間……だった人たちが、幸せであればそれでよかった」
それなのに、どうしてキロロが敵陣にいて、カルモが名も無き勢力まで来たのか。私には分からない。ただ、あの幸せな日々を四人が取り戻す為には、この会社を潰さなければならない。
「その為だけに私は戦うし、交渉の余地がないならこの会社を潰す」
「そうか」
深紅の男は軽く頷いた。数秒、間を開けた。
「まず、君がやりやすいように言っておくけど――交渉の余地はない。僕だけでなく、会社全体の方針だから」
また数秒開ける。指先が、何か合図をするように動いている。
「次に、 僕の自己紹介が必要かな。予想はついているだろうけど、僕がこの会社の社長だよ。名前は教えない方が面白いかもしれないな」
腕が動いた。その手に目が行く。だが予想に反して、深紅の男は、顎に手をやった。
「うーん、話すことはそれくらいかな。いや、ね。君のような下っ端に話すような情報は、全てナッサクが知っているものだから」
私は一歩踏み出した。ならば、会話を続ける必要はない。それでも、まだ時間を稼ぐ必要がある。この状況を打破するために、余計な情報を話させて、方法を考える時間が。
「ああ、そうそう……ロキ君。この子を外に送ってあげてくれる?」
「は?」
「はい、分かりました」
無機質な声が響いた。控えめに響き渡った。ロキと呼ばれたのはローブを羽織ったキロロだ。私の傍まで歩み寄ってくる。それから、私の腕を掴んだ。
「どういうつもり?」
「近日中に攻めてくるんだったら、今ここで一人堕とそうが関係ないからね」
それから、深紅の男は手を挙げた。ざわめき始めた社員たちを制したのだ。
初めて、男は笑った。
「君は、僕や彼に似ているね――愛妻や娘とも、似ている。光と闇の両方を濃く纏って、まっすぐこちらに向かってくる。だからこそ、ボクの手で壊したくなるんだろうね」
社長室を出て、エレベーターに乗ったところでキロロは私の腕を離した。それから、私に何かを差し出した。スマートフォンだ。私は静かに受け取ると、電源ボタンを押す。つかない。
「うちの技術部が情報を抜き取って初期化した。そこまでしなくてもよかったと思うが」
キロロはため息を吐いた。それから、ひとつ咳をする。
「おい、お前なんで逃げたんだよ。あそこで死んでたかもしれないんだぞ」
私は、一言も発しないままだった。今は、もう何も話したくなかった。何かを間違えても、おそらく社員たちは私を追ってこない。そのことが、気持ち悪いと感じる。
そのうちに、エレベーターは音を立てて一階に着いた。その先はもう玄関であった。
「なあ、帰る前に教えてくれ」
「お前、俺と会ったことがないか?」
風があったら吹いていた。雨が降っていたら、私とキロロを打っていた。それほど、湿った空気が私とキロロの間を通っていたのだった。
私はペキカセットの五人目。かつて、一緒にいた五人目の仲間だ。
そう言えたらどれだけいいだろう――なんて、思わない。
「私は……あなたとその仲間の『敵』だ」
ああ、言えなくてよかった。衝動を抑えられる私で良かった。自己嫌悪が薄れていく。私は、目の奥に闇を宿した。あえて、嫌悪しているような風を装った。それでも、キロロは底に秘めているやさしさを崩さないまま、しかし困惑気味に答える。
「じゃあ、やっぱり会ったことがあって、俺が覚えてないってことだな?」
「あれだけ凄惨なことをしたのに忘れているなんて。だから、青色の少女が囚われることになるんじゃない」
声が詰まらないように続ける。キロロは、目を見開いた。
「お前……マジで誰だよ!? カルモは『どうなった』んだ!?」
なんで、それでも私のことを責めないの。私がカルモをどうしたとは考えないの。 私にそう聞く余地はない。一度、キロロ達から離れたのだから。
「私はその後のことを知らない。だから、これ以上話すことはない」
できるだけ冷たく聞こえるように、私はそう言い放った。
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