#20 明暗は分かれている
「危ねえって! 大丈夫か!?」
誰かが、耳元で囁いている。
「ってか、お前誰だよ! どうしてこんなところにいるんだ!?」
相当焦っているのか、身体が揺れる。
「……おい、もしかして気絶してんのか?」
背中が床に触れた。薄目を開ける。あの子に会った時は、現実だと思わないことにした。でも、敵陣に潜入した先であったことまでをも現実としないことには無理がある。
現実だ。ビル街であの子に会ったことも。今、目の前にあんたがいることも。どうしてこんなところにいるの。どうして。
「嘘だろ……どうすればいいんだよ俺……」
黄色の髪が、ローブの端から零れ落ちている。顔のほぼすべてを隠す仮面をかぶっているが、声で何者なのか判る――
――キロロだった。
「ここに隠していくしかねえんだよな、『先生』の暴走を止めに行かねえと」
駄目だ。行かせてはいけない。私は目を開け、キロロの腕を掴もうとして、すんでのところで止める。掴んでどうするのか、考えていなかったからだ。キロロは、私のことを覚えていない。忘れるように、私が願ったからだ。
「起きたら色々聞いてみるか……」
キロロはその時にはもう、私を見ていなかった。立ち上がる。
「多分、俺が邪魔したんだよな。ごめんな」
何を思ったのか、その一声だけをかけてどこかに向かって走っていく。
……。
私は今度こそ、周りを見回した。オフィスにある机の下に押し込まれたらしい。着ていた上着を上からかけられている。足音が廊下に響き続けている。おそらく私の潜入が発覚したのだろう。私を探し回っているのだ。
足音が落ち着くのを待ってから逃げ出した方がいいかもしれない。一回見つかるというのも……
どこかから、電話の着信音が聞こえる。私のスマートフォン? 電源は切ってあるというのに。
《もっしも~し?》
続いて、脳内に声が響き渡った。
《ミイだよ~☆ スマホを介して信号を送ってるんだけど~……あれ、聞こえてる? どうしよう宇宙人君、聞こえてるかどうかってどう判別すればいいのかな?》
もう返答する気力もない。今はそれどころではない。現実を直視することにすらかなりの神経を使ったのに、これ以上の事象に対応することなどできるはずもない。
《まあいいや。ねえ、ビユノムが緊急事態が起こったから帰ってきてだって》
配信女は、急に声のトーンを落とした。
《なんか青色の服の女の子が侵入してきて暴れてるみたい。ミイ的には配信のネタになって面白いんだけど――》
――カルモ。
私は立ち上がった。
「な、誰だ!?」
「侵入者だ! 侵入者を見つけたぞ!!」
私の中を、一定量の闇が渦巻いていた。理性が叫ぶ。このままここにいたところで、闇の作用で幹部の誰かが召喚されるだけだ。だったら、いっそ。
「紅茶を飲ませて落ち着かせて」
あの配信女に聞こえているかは知らない。それでもいい。癪だが、今は誰かに縋っていないと間違った選択をしてしまいそうだ。頭に手をやり、まだ着いたままの猫耳に触れる。相手の数は十人。私は一人だ。接近戦と遠距離戦はできるが、多人数にも対応できるような爆発物などは何も持っていない。また、キロロが戻ってくる可能性にも賭けてはならない。戻ってきたとして、私を助けるために無茶をさせるようなことはできない。だったら。
おそらく、私は負ける。
でも、やるしかない。
ポーチの蓋を開けて手を入れ、右手でナイフを取り出す。左手に、吹き矢を持つ。頭の中で、電源が落ちるような音がした。
「うわああああああっ!!」
策略などなかった。自分が既に闇に堕ちているのか、まだ堕ちる前なのか、その区別すらもついていなかった。私は声を上げ、目の前の敵に向かって飛びかかった。
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