(24)

 朔良よりは四郎に対して律儀な千世は、それでもなにか礼ができれば、と言い出した。


 それを聞いた四郎はしばらく思案顔になったが、すぐにパッと花が咲いたかのような笑顔を作る。


「それならデートがしたい」


 朔良は、「頭を撫でろ」と千世にねだる以上に、四郎のその願いはちょっと看過できない――と思ったが。


「三人でな」


 続く四郎の言葉に、朔良は隣に座る千世と共に、その意味を測らんとまばたきをした。


 そんな朔良と千世を見て、四郎は面白そうに口の端を上げる。


「三人……ということは私も入れて、千世とデートしたいと……そういうことですか?」

「そうだ」


 朔良は、四郎がなにを考えているか、さっぱりわからなかった。


 四郎の胸中を測らんと、その瞳を見てみるものの、まるで深淵を覗いているかのようだった。


「もっとお前のことが、知りたくなった」


 朔良は困惑しつつ千世を見た。


 千世にも四郎の意図はやはりよくわからないのだろう。戸惑っているような、呆けているような目で四郎を見ている。


「……ひとまず、保護局に帰りましょう。どうせ七瀬になにも言わずに千世を連れてきたんでしょう?」

「よくわかっているな」

「今ごろ大騒ぎになっているかもしれません。デートの話はそちらを片づけてからにしましょう」


 朔良の予想通り、女性保護局が入っているビルに向かえば、軽い騒ぎになりかけているところだった。


 千世の担当官である七瀬は四郎に詰め寄って抗議したが、当たり前のように四郎は反省とはほど遠く、平然としていた。


 状況から四郎が千世を勝手に連れ出したことはわかりきっていたためか、その場には四郎の上司である奥村と、七瀬と朔良の上司である京橋もいた。


 それでも四郎はまったく反省の色を見せなかったので、上司である奥村は頭が痛いという顔をした。


「デートの件は、あとでな」


 奥村に連れて行かれる四郎を見送る。


「デート……宮城くんと土岐くんがするのかい……?」

「そんなわけないじゃないですか」


 朔良の上司である京橋は、いかにもおどろいたという感じに目を瞠ってそう問うたが、もちろん朔良によってすぐ否定される。


「千世と三人で行こうと誘われただけです」


 今度は七瀬が「ええっ」と声を出しておどろく。


 相変わらず、腹の内にしまっておくということが苦手な後輩だなと、朔良は思った。


「ど、どういう心境の変化があったんですかね……?」


 土岐四郎という人間は、女に興味がなければ、男にも興味を持たない――。


 それが、土岐四郎という人間を知る者たちの共通認識だ。……いや、「だった」と言うべきか。


 七瀬の問いに、朔良はわからないとばかりにかぶりを振った。


 四郎に対する警戒心と、困惑を真正面に打ち出している七瀬に対して、京橋はどこかご機嫌だ。


 朔良はすぐに、京橋が四郎と千世の結婚に乗り気だという事実を思い出した。


「土岐くんが女性に興味を持つとはねえ。いい傾向だよ」


 朔良は京橋の言葉を、すぐには肯定できなかった。


 四郎が千世に興味を抱いている様子があるのはたしかだったものの、それが果たして「いい傾向」であるのかまでは、朔良にはわからなかった。


「瓜生さんのほうはどうなんだい?」

「千世さんは嫌がっているようには見えませんけど……あの、でも千世さんはちょっと自分の意見をないがしろにしたり、我慢してしまったりする傾向があるので」


 京橋の問いに、七瀬が答える。七瀬は朔良を窺うように一瞥したあと、そんなことを言った。七瀬なりに、千世の恋人である朔良へ配慮をした結果の言葉かもしれなかった。


 朔良は、千世が――四郎に対して興味をもって、淡く惹かれる感情を抱いていることを、悟っていた。


 千世が、朔良以外の男性に惹かれることを、朔良は許容できる。


 できるが、その肝心の「惹かれている男性」というのが土岐四郎だと思うと――なんとなく、まだ複雑な感情を抱いてしまう。


 己の快楽を優先するような言動が見られる土岐四郎に、いつか千世が傷つけられるのではないか、という恐れが朔良の中にはあるのだ。


 けれどもここしばらくの四郎の、千世に対する態度を見ていると、その懸念も揺らぐ。


 ずれにせよ、まだ朔良の中で結論は出せそうになかった。


 ひとまずは――。


 ――三人デートの日取りを考えなければ。


 すっかり千世と四郎の仲が進んでいると思っている――というか思いたいのか――京橋の、「土岐くんと仲良くね」という言葉を朔良は「はい」と言いつつ半分くらい聞き流した。

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