(11)

「じゃあ相性診断でも受けたらどうだ」


 うんざりとした顔と声で言ったのは、日ごろから四郎の言動に悩まされている警護課の課長である奥村おくむらだった。


 千世を連れて女性保護局を訪れた朔良が、四郎と出くわしてからわりとすぐに、七瀬が四郎の上司である奥村を呼びに行ったのだ。


 しかし土岐四郎という男は、直属の上司である奥村に対して恭しい態度は取りはするものの、それが表面上だけのことだということは、四郎の本性を知る人間であればだれでもわかることだった。


 それでも、一応は敬う態度は見せてくれる。一応は。


 しかしこの場では、それが重要だった。


「また問題を起こしたのか、土岐」


 奥村が心底うんざりした顔を見せても、四郎は動じない。


 たとえハナから上司に疑ってかかられても、それに傷つく繊細な心を四郎は持ち合わせてはいなかった。


「起こしてませんよ」

「じゃあなんで私が呼ばれたか、わからないと言うのか」

「はい」


 四郎は好青年のごとき微笑を浮かべて、朗らかな声でそう言い放った。


「……こちらの女性に絡んで困ると聞かされたぞ」


 奥村は、朔良の背に隠されている千世を一瞥する。


 千世は新たに現れた四郎の上司を前にして、いよいよ戸惑いを強くしていた。


 朔良は、相変わらず渋い顔のままだ。


 奥村を連れてきた七瀬は、警戒と呆れがにじんだ表情をして、四郎を見ていた。


「彼女個人に興味があるんです。それだけです」

「それが問題なんだ。護衛官なら、保護局ここを訪れた女性に対して不用意な接触をするのは慎むべきだ」

「そうですか」


 「だからなんだ」という四郎の言葉が続きそうな、白々しい声だった。


 奥村の諫める言葉が、まったく四郎の中で響いていないことは、明らかだった。


 奥村は眉間のしわを深くして、ため息をついた。


 土岐四郎という男に対して、懲戒などの処分をちらつかせても意味がないということを、上司である奥村はよくよく知っていた。


 同時に、四郎が女性に対してその興味を向けていることに、奥村は内心でおどろく。


 四郎が男にも女にも興味を持たないことは、局内では有名な話だったからだ。


 その思考回路に難はありはするものの、腕っぷしは一番強く、かつ警護対象である女性に余計なちょっかいをかけないという点においては、四郎は使いやすい部下ではあった。


 しかし今の四郎は瓜生千世に対して、獲物を奪われたヒグマのごとき恐るべき執着心を見せている。


 こちらがいかな搦め手を繰り出そうと、今の四郎はテコでも動かないだろうという予感を、奥村は抱いた。


 奥村には、朔良の後ろにいるまだ少女の面立ちが抜けない千世のなにが四郎の琴線に触れたのかは、わからない。


 それはわからなかったものの、ただ四郎が千世に異様な執着心を見せていることだけは、理解できた。


 そして奥村ひとりの膂力では、四郎を引きずって持ち帰ることができないことも。


 だから言ったのだ。


「じゃあ相性診断でも受けたらどうだ。相性が良ければ、大手を振って彼女と会える」


 奥村の提案に、七瀬は「ええっ?!」とあからさまに大きな声を出しておどろいた。


 実際のところ、奥村にとっても、それは苦し紛れの言葉だった。


 奥村には、四郎の思考など理解が及ばない。


 だから奥村がそう提案したところで、四郎がそれに乗るかどうかは未知数だった。


 奥村が口にした「相性診断」とは、二者間で子供ができやすいかどうかの相性を測る――というものだ。


 これで優良な結果が出れば、四郎が瓜生千世に接触したとて、文句を言う輩はほとんどいなくなるだろう。


 今の社会では、とにかく子供を儲けよという方針で、子供を作ることが絶対の正義なのだから。


「わかりました」


 奥村の予想に反して、その提案を四郎は素直に了承した。


 奥村からすると四郎が「そんなこと知るか」と言い出して、話がふりだしに戻る確率はそれなりにあったのだが、四郎は相性診断を受ける気になったらしい。


 七瀬にとっても四郎の返答は意外だったのか、また「えっ?!」と声を上げる。


 奥村は、腹芸のできないタイプだなと思って七瀬を一瞥した。


 奥村にとってその提案は苦肉の策だったものの、四郎と千世では、相性優良な結果が出ないだろうという予測もあった。


 奥村は朔良の上司ではないものの、彼が起こした「問題」については把握していた。


 そして瓜生千世が最低ランク女性に格付けされていることも。


 もとより、妊娠能力の低い女性が相手なのだ。相性診断でいい結果はまず出ないだろう――。


 それは奥村以外の人間も――七瀬や、朔良でさえも思ったことだった。


 まさか四郎と千世の相性が、「これ以上ないほどに最高」の太鼓判を捺されることになろうとは、このときのだれも予想していなかった。

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