ケース002 ケイン一家の受付面接

 酒を飲んでいない時のジャックさんは、まさにプロフェッショナルだった。

 リアカーいっぱいの採集物に加えて、ツノうさぎが数匹。左手一本で扱う短剣だけで、初心者の数倍の成果だ。


「ジャック先輩、さすがっす」


 ジャックさんはギルドに併設されている酒場で、初心者の若手に取り囲まれている。それを遠目で見ながら、カウンター内で買い取りのための仕分け作業をしている窓口課の女性職員に声をかけた。


「それで、どんなもん? 商品として売れそう?」


 久々だったので、思い出すまで僕がいろいろ解説した。ただ、経験はあったのだろう。すぐに勘を取り戻して別行動で採集となった。


「さすが元Aランク。果物はちょうど良く熟れたものだけになってるし、ヘタの処理も完璧。葉物は外葉はあらかじめ外されててきれいだし、芋類も傷がほとんどないね。ホンゴーさんのより綺麗かも」


 ちょっと悔しいが、僕は本業の冒険者ではない。就労指導の一環で付き添ったが、この調子ならすぐに仲間を見つけるはずだ。即戦力の復帰は願ったり叶ったり。


「そりゃ良かった。今後も支払額の明細はこっちにも回しといてね」


「はぁい」


 おそらく、ジャックさんは基礎的な装備がそろった時点で自立できるだろう。少し時間はかかったが、こちらの世界の人たちはえらく素直だ。


「あ、ホンゴーさん。こないだ亡くなったケインさんの遺族、見つかったらしいですけど、それがらみで保険課が探してましたよ?」


 自分の席に戻ろうとしたところで、女性職員が声をかけてきた。お礼を言ってから、階段を上がって保険課へ向かう。


 保険制度というのは、報酬の5%にあたる金額を事前に支払うことで、依頼遂行中に治療が必要になった場合や死亡した場合に、規定の保険金が受け取れる制度だ。

 当初は報酬が減るのを嫌がった冒険者たちも、いろいろあってこの半年ほどでほとんどが加入していた。


「ホンゴー戻りました~」


 冒険者ギルドの二階の事務室には、たくさんの机が並んでいた。が、その席はほとんどが空席である。ほとんどの職員が現場を駆け回っているせいだ。


「おう、戻ったか。待ってたぜ」


 奥の席に壮年の男と薄幸そうな美人が座っている。

 眼帯と質素な義足が特徴の武人っぽい男の方は、冒険者ギルドの保険課課長、ケンプさんだ。美人の方は、残念ながら見覚えがない。


「ケインさんの遺族が見つかったらしいですね」


 この世界には戸籍制度がなく、大半の人は文字が書けない。だから、冒険者が亡くなった場合、保険金の支払先を探すのは骨が折れる。


「おう。どうも借金取りから逃げてたみたいでな。隠れてたから見つけるのに手こずったぜ。こちらがケインの奥方、ヒッコリーさんだ」


 ケインさんはC級の冒険者だった。元々、手堅い冒険者だったのだが、結婚してから無理をするようになったらしい。

 朝早くからの依頼の争奪戦に参加し、リスクの高い高難度の依頼をいくつもこなすようになった。


「借金ですか?」


 竜の営巣にともなう魔物の暴走の調査で亡くなってしまったが、それまで順調に比較的高額な依頼をこなしていた。その報酬があれば、家族だって十分に養えたはずだ。借金というのはちょっとわからない。


「そうなんです。主人は頻繁に武器を買い換えていたので、借金がかさんでしまって。将来のためって言ってたんですけど、あの人が死んでしまったら、私たちはどうしたら良いのか……」


 ヒッコリーさんは頭を洗う余裕もなかったのか、どことなく異臭がする。服は垢まみれで手足も痩せていて、生活が困窮していることをうかがわせた。


「どうも狩る魔物と装備が見合っていなかったみたいでな」


 ケンプさんが捕捉を入れてくる。安物買いの銭失い。ランクアップしたての冒険者よくやる失敗だ。しかも、武器類は安物といってもかなり高いのでたちが悪い。


「なるほど。でも、保険金がでるなら問題ないのでは?」


 ヒッコリーさんは首を横に振った。


「いえ、保険金の額はうかがいましたが、全部借金返済に回しても足りません。このままいけば、身売りしなければならないでしょう。私はともかく、子どもたちは何とかしたいのです」


 ケンプさんから渡された報告書に目を通して、ため息をつく。

 利息が月に三割。これじゃ借金まみれになっても仕方がない。


「それで、なんで僕を探していたんです?」


 報告書を返して顔を上げると、ケンプさんの潤んだ片目と視線がぶつかる。視線を隣のヒッコリーさんにうつすと、彼女はグスグスに泣いていた。


「ケインは、俺が若い頃目をかけていた冒険者なんだ。ヒッコリーは、元々はなじみの店の看板娘でな。俺が二人を引き合わせたんだ。だから頼む。保護してやってくれないか」


 ケンプさんが頭を下げてくる。いかつい男に頭を下げられるのは、なんともむずがゆい。


「頭をあげてください。ケンプ課長が頭を下げなくても、元々生活保護の対象世帯です。後で親族や元パーティーメンバーには扶養照会しますが、今貯金がないならとりあえず大丈夫ですよ」


 前の世界では法律や細則、通知がすべて。こちらの世界ではそれがなかったので自分で作ったが、どこかに線引きは必要になる。

 審査の結果次第だが、ケインさんの世帯はケンプ課長が頭を下げなくても、問題なく生活保護の対象にできるだろう。


「では、私も助けていただけるのですか?」


 すがりつくように、ヒッコリーさんが身を乗り出してくる。


「もちろん。それがルールですから」


「え? ちょっとよくわからないですが、借金はどうなるんです? それも冒険者ギルドで保証してもらえるんですか?」


 ヒッコリーさんの疑問はもっともだ。だから前の世界でも、借金がある人は生活保護を嫌がる傾向があった。が、そこは蛇の道は蛇。


「まさか。冒険者ギルドが保証するのは、最低限の文化的な生活だけです。借金返済は範疇じゃないですね」


 ケンプ課長は首をひねる。


「よくわからんな。それは両方成立する理屈なのか?」


 当然の疑問だろう。説明するのも面倒だ。


「じゃあケンプ課長、今すぐ保険金用意してもらえますか? 今から一緒にその借金取りのところへ行きましょう」


 二人は驚いた顔で固まっていた。こういう仕事は貯めないに限るのだが――

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