第22話
「苦しむお父さんを見ているのは辛かった。お父さんもあの苦しみは華に味わわせたくない、華には番を作って欲しいって。時間をかけて信頼関係を築いて番になってほしい。幼い頃から一緒にいれば、アルファに怯えなくて済むんじゃないかって…ごめんね、華、お茶をいただいてもいい?」
母は話を区切り腰を上げた。華が用意しようと立ち上がろうとするが、母はそれを制した。
本当ならもっと早く華が母をもてなすべきだった。しかし話が気になってそれどころではなかった。今も続きが気になって落ち着かない。
母は二人分のカップをテーブルに置き、一口飲んで少し間を置いてから口を開いた。
「森之宮さん…裕司さんのお父さんは、お父さんのお友達で。私達の話を聞いて、森之宮家に預けてほしいとおっしゃって下さったの。ちょうど同じ年の子供が二人いる、って。その頃はお父さん、もう立ち上がることも難しくなってて…森之宮さんも、私達も、子供達の意見を一番に尊重しようって何度も話し合って。お父さんは最後まで悩んでいたけど…お父さんが亡くなってすぐ、あなたを森之宮さんにお連れいただいたの」
母はひとつ息を吐き、目は合わせずに華の手を握った。
「森之宮さんはあなたを大切にするっておっしゃってくれた。でも私は…オメガの私一人であなたを育てることは難しい。森之宮家ほど大きなお家なら、そのお子さんが番になれば、きっとあなたは不自由なく暮らせるって、考えていたの。たとえ相手のアルファが、どんな人間でも」
華はぐっと唇を噛み締めた。両親はオメガとして辛い人生を歩んできた。華は今まで他のオメガの生活を見たことがない。確かに、森之宮にいて生活に不自由することはなかった。
「自分がアルファにひどい目に合わされたのに、我が子にアルファをあてがうなんて。ひどい母親でしょう」
万が一華がアルファやベータなら、あの家を出されても一人でも生きていける。オメガでは生きていけないだろう。そう思った母が、華にとって一番良いと思う方法を取った結果が森之宮の家に預けることだった。自分が母の立場だったらどうしていただろうか。
涙を流す母の肩を抱く。幸せだったかと聞かれると難しいけど、森之宮の家で少なくとも不幸ではなかったと華は思う。
「でも、不思議ね。裕司さん、どうして華を番にしなかったのかしら」
母が鼻をすすりながら尋ねてくる。あの時、必死に歯を食いしばる裕司の顔がうっすら脳に残っている。
「僕が番に、ふさわしくないと思ったのかな」
華が笑うと、母は真剣な顔で首を横に振った。
「お母さんね、襲われた時…相手は近所のよく知ってるお兄さんだった。彼はアルファだったの。知らなくて、発情期に出くわしてしまって…いつもは優しいお兄さんだったのに、名前を呼んでも叫んでも、私の声は耳に届いてなかった。何度も噛みつかれそうになって、本当に、獣みたいで。兄さんが、あそこまで狂ってしまうなんて…」
母の手が小刻みに震える。華は自分の手を重ねて母の手を握った。
「オメガが引きずり出すアルファの本能は、アルファ本人にも制御できないって聞いたわ…番にするかしないかを、お互いに選べないはずなの。そんなことを考える力が、消し飛んでしまうから…どうして華を、番にせずに済んだのかしら」
華は首を横に振った。あの時のことはほとんど覚えていない。2回も発情期に遭遇して、華はどうして番にされずに済んだのか。
裕司以外のアルファを知らない華は、番にされていないことに特別疑問を持っていなかった。しかし母の話を聴く限り、ありえない状況だったようだ。
今まであまりあの時の話をしてこなかった。裕司に聞いてみたほうがいいのかもしれない。
「それに、番でもないオメガに、どうしてここまでして下さるのかしら」
「…裕司は、優しい人だから。それにこの子がいるから、大事にしてくれてるんだよ」
この子は森之宮家の当主の子供だから。だから母体の華も大切にされている。華は自分自身にも言い聞かせた。母は華に許可を取ってお腹に触れる。母はやっと、笑顔を見せてくれた。
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