03

「見ての通り、このライセンスには、フジコちゃんの顔写真と二つ名。所属と階級、登録武器が記されています。フジコちゃんは現時点では階級は無階級、早い話が研修生。で、所属は僕らと同じ『紅屋』。へぇ、フジコちゃん、武器はクロスボウか。中距離支援型やね」

「ご、存じなかったんですか?」


 配属される研修生の、登録武器を。あたしが毎朝、重い鞄を担いで持ってきているにも関わらず。想定外の現実に、思わずあたしの声も裏返る。


 ――本当にこの人たち、あたしの二つ名が面白いからっていうだけで、ろくに調べもせずに採用したんだ……。


 桐生さんを見上げたあたしの視線は、わりと失礼なものだったと思うのだけれど、何食わぬ顔で一蹴された。


「だって、フジコちゃんがどんな武器使いでも、それなりに指導できるし」

「……まぁ、そう、でしょうね」


 特Aライセンス保持者に野暮な質問でしたね、と。うっかりぞんざいな声で応じたあたしに、心外そうに桐生さんが片眉を上げる。


「そういうフジコちゃんは、僕の武器もちゃんと知ってるんかな?」

「え? え、えーと」


 飛び火した話題に、焦りながらも記憶を手繰る。


「日本刀!」


 特Aでなおかつ名家の人だから、あたしの量産型タイプのクロスボウと違って、良い得物であることは間違いないと思ったそれが蘇った。


「あ、正解。えらい、えらい。もしかして噂になってた? 格好良いって」

「いえ、先日の資料整理の際に、報告書で拝見しました」

「なんや。研修生の女の子の中で噂になってるんかなぁって、期待したのに」

「まぁ、噂になっていると言えば、噂になってはいますが」


 主に見た目のことで、とはさすがに言い辛かったので詳細は口を噤むけれど。

 ちなみに、「登録武器」とは、あたしたち鬼狩りが鬼と対峙するときに使用可能となる武器の総称のことだ。渡辺さんのような術具師さんが拵えてくれる武器を使う鬼狩りもいれば、家系に代々伝わっているらしい秘蔵の武器や呪符を用いる人もいたりして、その種類は多岐に渡っている。

 もうひとつ、ちなみに、で言えば、鬼狩りは登録されている以外の武器の使用を禁止されている。これは法律によって定められていることで、例えばあたしが桐生さんの日本刀を勝手に持ち出して(そんな事態は起こらないだろうけれど)、鬼を退治したとなれば、あたしはライセンス失効の危機に瀕することになるのだ。


「気になる言い方するなぁ、フジコちゃん。まぁ、えぇけど。どうせ昔から好き放題に言われてるし」


 だろうなぁ、とは思ったけれど、「ご想像にお任せします」とあたしは愛想笑いで逃げ切った。


「ご想像ねぇ。じゃあ、蒼くんの登録武器は知ってる?」

「所長の、ですか?」

「そうそう、蒼くんの。さて、なんでしょう?」


 これはもしや意趣返しなのだろうか、と。思ってしまったのは、桐生さんがやたらと楽しそうだったからだ。


「所長の……」


 唸ったあたしに、桐生さんが「あれ、知らへんの? 自分の上司の得物を?」と追い打つ。


 ――そういや、知らない。というか、眼を通した報告書のどれも、あんまり所長のことを詳しく書いてなかったような……。詳細を記すレベルのものではなかったから、と言われたらそれまでなのだけれど。


 わかりません、と白旗を上げかけた瞬間。所長の絶対零度の声が飛んできた。


「おまえたちは雑談以外できないのか」

「す、すみません!」

「フジコちゃん、フジコちゃん。そんなに直立不動で謝らんでも。なんや、変な人形みたいやったで」


 立ち上がった勢いで、キャスター付きの椅子が後ろに滑って、キャビネットに当たる。跳ね返ってあたしの脛を直撃しそうになっていたそれを押し止めながら謝った桐生さんの声は、紛うことなく笑っていた。


「嫌やなぁ、蒼くん。コミュニケーションやって。職場内コミュニケーション」

「俺は今から出るから後は任せた。五時までには戻らないから、適当に終わらせてやってくれ」


 桐生さんの言い訳を完全に無視して要件を告げた所長は、颯爽とあたしたちの前を通り過ぎていった。


「了解。どこ行くの? 本部」

「呼び出しが来た」

「あらら。ご愁傷様。僕、付き合わんでえぇの?」

「おまえはそっちがあるだろうが」


 桐生さんの呼びかけに応えて、ドアノブを掴んだまま振り返った所長の顔は、素なのかどうなのかはあたしにはさっぱりわからないが、とりあえず不機嫌そうだった。

 挙句、「そっち」と顎をしゃくられて、反射のように背筋が伸びる。新人教育を頼みますね、の意なのだろうが、怖いものは怖い。


「お、お疲れ様です!」


 桐生さんいわくの「変な人形」の動きでもう一度、九十度直角に頭を下げる。そんなお見送りへの反応も特になく、無情にもドアはそのままパタンと閉まった。


「ドンマーイ、フジコちゃん」


 ドアの開閉音から数秒後、ずるずると机に崩れ落ちたあたしの肩を桐生さんが叩く。


「本部に呼び出されて虫の居所が悪いんやろ。気にせんでえぇよ」

「本部の呼び出しってそんなに頻繁にあるものなんですか……」


 確かに所長はよく事務所を空けると言っていたけれど。配属初日に早速そのお言葉通り放置されたけれど。


「んー、まぁ、今、ちょうど新年度やからねぇ。どうでもいいような顔合わせとかも含めると、ちょっとね。でも、もう少ししたら落ち着くと思うし」


 応じる桐生さんの口調もなかなかに面倒臭そうだったので、大変なのだなとあたしは理解した。そして、もうひとつ。果たして所長はそのお偉方との会合でもあの仏頂面のままなのだろうか、との疑問も湧いたのだけれど、それはさておくことにする。

 まだ一週間、と言われるとそれまでだけど。対あたし、だけじゃなく、桐生さんと喋っているときとかでも、所長が笑ったところって見たことないもんなぁ。

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