2:鬼狩りのお仕事 編

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 ところで、この世界に住んでいるのは人間だけではない、と。政府が正式に認めてから、今年でちょうど、五十年が経つそうだ。

 座学で習った歴史によれば、鬼なるものが公式な記録としてはじめて世界に出現したのは、一九七〇年のクリスマス・イブ。

 とある小国を一晩で全滅させた、通称「朱の月」事件が発端であるとされている。

 無論、それ以前も鬼はこの世に存在していた。この国で言えば、平安の昔から鬼はおり、その鬼と対峙する「鬼狩り」の一族もまた存在していたという。けれどそれは、普通の生活を送っている「普通の人間」には異次元な話でしかなく、あたしたちは平和に人間だけの世界を生きていた。

 けれど、その日常は「朱の月」事件で終わりを告げた。

 逸話に出て来る伝説でしかなかった存在が、本当に存在し得たのだとあたしたち人間はこの夜、知ったのだ。

 この「朱の月」事件後、鬼が全世界に対して行った宣戦布告により、五年にも及ぶ人間と鬼との戦争が始まる。

 その後、「鬼狩り」の一族たちの活躍もあり条約を結び戦争は終結。日本国でも鬼と共生していくための抑止力として「鬼狩り」を確保することの必要性論が高まり、一九七七年、鬼に関する自治法、特殊防衛法が施行。

 防衛省特殊防衛幕僚監部特殊防衛隊として、鬼に対抗するための武力を持つ人間、通称、鬼狩りが公的な存在として誕生したのだった。

 そんな法令の施行から早四十年強。あたしは、この国唯一の鬼狩りを育成する全寮制の学校、国立特殊防衛官育成高等専門学校に入学し、なんとか卒業。研修生として一年間の実践訓練を積むべく紅屋に配属。そして、――あれよあれよと言う間に、二度目の月曜日が巡ってきたのだった。

 


 研修生寮の朝の食堂は、今朝もちょっとした戦場だ。幸い、通勤時間がとても短いあたしは、ピークを少し過ぎた時間に顔を出せているのだけれど。それでもなかなかの混雑具合だ。

 カウンターで朝食のプレートを受け取って、空席を探していると、食堂の一番奥のテーブルから声がかかる。


「みっちゃん」


 気心の知れた同期の顔に、あたしは満面の笑みを浮かべた。誰が見ても美人というだろう容貌にクールな微笑を乗せて、みっちゃんが軽く手を上げる。手元を見ると、もう残っているのはコーヒーだけだった。


「おはよう、奈々。やっとちょっとはあんたの周りも落ち着いてきたみたいね」

「あー……、うん、まぁね」


 みっちゃんの言わんとすることを悟って、あたしはきょろりと周囲を見渡した。よかった、やっぱりこの時間帯ならセーフだ。


「ほら、アンちゃんたち、研修先、遠いでしょ。だから」

「なるほどねぇ。あんたにもそのくらいの知恵は付いたか」

「いや、だって。ごはんくらいゆっくり食べたいし」


 あたしが学校を卒業しても寮生活が続くことを一番喜んだのは、美味しいごはんを自炊せずとも食べられる、というそれなのだ。

 それなのに、なにが悲しくて食べる間もないほど質問責めにされなければならないのか、という話であって。


「その気持ちはわかるわ。というか、さすがに気の毒だったもの。研修初日、へろへろになって帰って来てるあんたにここぞと群がってたものねぇ」

「そう思うなら助けてくれたらよかったのに……!」


 あたしは知っている。あの日、女の子たちに取り囲まれていたあたしを後目に、みっちゃんがひとり優雅に晩御飯を食べ終え、そそくさと部屋に退散したことを。


 ……まぁ、その気持ちもわからなくはないのだけれども。


 ちなみに。主席卒業生だったみっちゃんは、あたしと違ってとても順当に都内の大手Aランク事務所に配属されている。


「あの子たちのあの勢いには勝てないわよ、悪いけど」

「まぁ、でも。あたしもそんな面白い話もできないしねぇ」


 だから適当に飽きてくれるだろうと踏んでいるので、構わないと言えば構わないのだけれど。

 お味噌汁を一口。あぁ、朝から出汁のきいた温かいお味噌汁が飲めるって贅沢だなぁ。ほっとする。


「で。どうなのよ。実際、格好良かったの?」


 なんだ。みっちゃんもそこは気になるのか。とは思うけれど、それだけだ。みっちゃん相手に面倒臭いとは思わない。ただの世間話だ。


「うん。まぁ、噂に遜色はないかなって感じ」

「へぇ」

「でも」


 ここから先は他の女の子たちには言わなかった部分だ。


「顔立ちが綺麗とか整ってるとか以前の問題で、所長がすごい童顔で。いったい何歳なんだろうっていうのがあたしの目下の疑問かも知れない」


 なによ、それ、と。眼を瞬かせたあと、みっちゃんは机に突っ伏さんばかりに大爆笑していたけれど、事実なのだから仕方がない。

 一般的に育成校を卒業し国家資格を受験していれば、ライセンス取得時の年齢は二十一歳だ。そしてCランクからスタートすることになるのだけれど。

 もちろん、世の中、例外はつきもので、育成校を卒業していなくとも鬼狩りになる道はある。

 一昔前の旧家・名家の人たちに多かったとされる方法。五年以上の実戦経験を持ち、三名以上の鬼狩りから推薦を得ることで、特例で国家試験を受けることができるというそれ。


 ――まぁ、最近はどんな旧家でも育成校に通わせるっていうし、あんまりない話だとは思うけど。


 でも、おそらくに、あの若さで(正確な年齢は知らないけれども)、特Aライセンス保持者ということは、きっとおふたりとも、そのレアケースなのだろうな、と。あたしは踏んでいる。

 ……それにしたって、所長を名乗るには若すぎないか? と思わなくもないけれど。

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