その4 いきなり相合傘なんて大丈夫だったかな?
(あれ? え、やばっ! なんかめちゃくちゃ段階を飛ばした気がする! いやっ、言いたいことは合ってる。合ってる……んだけど、流石に急すぎたか⁉ ドン引きされてたらめちゃくちゃへこむわ。ってかオレ、さっきからずっと春奈の腕つかみっぱなしなんだけど~~~!)
心の中で盛大に叫びながら、水橋くんは表情を変えずにわたしからパッと手をはなす。
とくん、とくん。
もう心の声は聴こえなくなったけど、耳から、彼の心臓の音がはなれてくれない。
彼のドキドキが伝染したみたいに、顔が熱い。
あっけにとられてばかりで何も言えずにいたら、水橋くんが困ったように眉尻をさげた。
「いきなりヘンなこと言ってごめん。……一緒に入るなんて、嫌だよな」
「い、嫌じゃないよ!」
なんでだろう。彼には、そう誤解してほしくなかった。
「えっ……」
「ビックリしただけで嫌じゃないから! でも……ほんとに、いいの?」
水橋くんは、小さく息をのんで、意外だというようにまたたきをした。
「もちろん。……嫌じゃないんだな、良かった」
噛みしめるように呟かれた言葉に、心がスーパーボールみたいにぴょんと弾む。
とっさにオッケーしちゃったけど、いきなり相合傘なんて大丈夫だったかな?
ええー、ごほんごほん。
そういうわけで今、わたしは人生で初めて、男の子と一つ同じ傘の下にいます。
相合傘といえば、乙女ゲームの王道イベント!
降りしきる雨。時々、触れあいそうになる肩。雨に濡れないように、二人の距離がどんどん近づいていって……見守っているこっちまで、ソワソワしちゃうんだよね。
それをまさか、こんなにかっこいい男の子と自分自身が体験するなんて、思いもしなかったけど……。
あのね。なんか想像していた相合傘と全然違うよ⁉
「ちょっと水橋くん! ものすごく濡れてないっ?」
まず、水橋くんが遠すぎる!
一つの傘の下に二人が入るんだから、少しくらいは濡れて当たり前なのに。
さっきから全く雨に当たらないなぁと思ってたら、水橋くんが傘のほとんどをわたしにかたむけてたせいだった!
「あ、あぁ。気にしないで。春奈が濡れることの方が大問題だし」
まだ一緒に歩きはじめて数分も経ってないのに、水橋くんの頭と制服半分はすでにビショ濡れだ。水も滴る良い男というし、心なしか色っぽい気がするけど……いやいやそうじゃなくて普通にダメだよ!
「めちゃくちゃ濡れちゃってるじゃん! ねえ、わたしに傘を貸してっ」
「……帰ったらシャワーを浴びるし。制服も、もう一着はあるから何の問題もない」
「水橋くんが風邪ひいちゃったら意味ないよ!」
「オレだって、春奈に同じことを思ってるっ」
とりつく島もないっ。もおっ、こうなったら実力行使しかないや!
わたしは、えいっと、傘を持つ水橋くんの手を両手でつかまえた。
(えっ! は、春奈⁉ て、ててててて手が、触れあって。てか、距離近すぎっ!)
彼がひどく動揺している間に、なんとか傘を奪うことに成功した。
「ふふっ。これでもう、水橋くんの好き勝手にはさせないよ」
笑いながら顔をのぞきこんだら、水橋くんは顔を真っ赤にして、ぼうっとわたしを見つめてた。
傘を奪った反動で、気がつけば、長いまつ毛の一本一本まで見えるほど近い距離。
細身なのに、意外と胸板あるんだ……って、わたしなに考えてんの⁉
(ドクドクドクドク)
心の声の代わりに、ものすごい早鐘を打つ彼の心臓の音だけが、流れこんでくる。
頭から、ボフンと湯気があがりそう。
しばらくして、彼の心の声が、ドラムロールみたいに勢いよくなだれこんできた。
(こ、これは夢か? やばい、めっちゃ良い匂いがする。あと少し手を伸ばしたら、簡単に抱きしめられる距離に春奈が……いやいやそれはマズいだろしっかりしろ水橋伊織!)
水橋くんの思考回路が、ヘンテコな方にいってる……⁉
これ以上くっついてたら、色々な意味でわたしの心臓がもたないよ!
慌てて離れながら、思いっきり頭を下げる。
「ご、ごめん! 近づきすぎちゃった」
「……ううん。その……嫌とかじゃ、なかったから」
ものすごく、恥ずかしそうに。それでも伝えなきゃって一生懸命な感じに、なんだかぎゅうっと胸をしめつけられて……
「そ、そっか」
……って、ダメだよっ!
わたしってば、なに普通の女の子みたいに照れて、ときめいちゃってるの!
水橋くんが、こんなにもわたしのことを気にかけてくれる理由は、いまだに謎だ。
でも、どんな理由があったって、わたしの恐ろしいひみつを知ったら離れていくに決まってる。
さああっと降りつづく雨の音が、さっきまでほてりっぱなしだった身体の熱を、あっという間に奪っていく。
「春奈……?」
「あっ。ううん、なんでもないの」
水橋くんは、首をかしげながらも、それ以上なにも聞かずにいてくれた。
時々、帰る方向の確認をしながら、二人肩を並べて歩いていく。
触れそうで、絶妙に触れない距離感。
わたしが最初に思い描いていた、イメージ通りの相合傘だ。
雨脚、少しずつ弱まってきたな。
さっきまで、どんな話をしてたっけ。
心が読めなくなると、水橋くんがなにを考えているのかわからなくなって、会話に困る。聞きたいことはたくさんあるけど、自分のことを聞かれるのは怖くて、踏みこめない。
今、水橋くんは、なにを考えているんだろう。
しばらく沈黙したまま、傘を握る手に緊張の汗をにじませていたら、彼がぽつりと呟いた。
「……雨、止んだ?」
見上げれば、さっきまで空を覆っていた分厚い雲はすっかり流れていた。
「ほんとだっ! 水橋くん、ほんとにありがとう!」
「いや。大したことは、してないから」
「ううん。すごく助かったよ! じゃあ、また明日ね」
「あっ……」
水橋くんに押しつけるように傘を返して、急いで走った。
彼のことを知れるチャンスだったのに、いざとなったら怖くなったんだ。
相手の心なんて、読めないのが普通なのに。
普通になりたいと願いながら、無意識のうちに普段から能力に頼ってしまっていたことも痛感して情けなくもなった。
雲一つなくなった青空に反比例するように、わたしの心には灰色の雲が覆っていた。
「お帰り、心羽! あれ。傘を持っていないけど、雨に降られなかった?」
「蓮兄。また、きてたの?」
玄関にひょっこりと顔をのぞかせたのは、お母さんじゃなくて蓮兄だった。
今日は、派手な金色の前髪をゴムで結んでる。こうしていると黒縁眼鏡越しの大きな瞳があらわになって、元々童顔気味なのがより際立つ。
一緒にリビングに向かいながら、蓮兄はヘラヘラと軽口をこぼした。
「またとか言っちゃって、いつものことながらツレないなぁ。ボクはこんなにも心羽のことが好きなのに」
「はいはい。お母さんはまた買い物?」
「どんどんスルースキルが上がっていくねぇ。そーだよ。調味料を買い忘れたって言って、また出ていった」
「ふーん……。それで、蓮兄はなにしにきたの?」
「理由なんてなくても、ボクは心羽に会いにくるよ?」
「へー。じゃ、わたしはゲームしてくるね」
「ねーえ、ちょっとはボクにかまってよ。あっ、そうだ! 今日はね、心羽にお土産を持ってきたんだ。この前きたとき、渡しそびれちゃったからさ」
「へえ。どこに行ったの?」
「動物園だよ。ほら、手を出して」
言われるままに手を出すと、ふわふわとした毛の感触がちょこんと手にのった。
かわいらしい、手のひらサイズの羊のぬいぐるみだ。
「羊のぬいぐるみだよ。心羽っぽいなぁと思って買っちゃった」
「そうなんだ……? ありがとう」
うーん。かわいいけど、わたしっぽいかなぁ?
羊のつぶらな瞳を見つめながら首をかしげていると、頭に蓮兄の大きな手がのせられた。
(うんうん、すごく心羽っぽいよ)
(ちょっと。人の心を勝手にのぞかないでくれませんかー)
(今更だし、お互いさまでしょ。ほらほら、やっぱり心羽にそっくりじゃない?)
(えー……。どの辺が?)
(真っ白なところかな。こんな能力を持って生まれたのに、健気にひたむきでいられるところとか。尊敬するよ)
一瞬。
蓮兄の心の翳りの中に、キリンを見てはしゃぐ二つ結びの女の人の笑顔が見えた。
その笑顔を、遠くから見てる光景。
わたしは会ったことがない人だ。
でも、何度か蓮兄の心の中で見かけたことがある。
彼女はきっと、蓮兄が前に付き合っていた人。
彼が暗い思考の海に漂っていきそうになるとき、決まって彼女の顔が揺らめく。
「ねえ、蓮兄……。蓮兄は、まだ、前に付き合っていた彼女のこと」
ビクリと大げさなぐらい肩を跳ねさせて、蓮兄はわたしと距離を取った。
警戒するように見開かれた瞳からひどい焦りが読みとれて、やっと我にかえった。
「ごめん! 勝手に心を読んだりして、本当にごめん」
うかつだった。
いくら同じ能力を持つ相手でも、土足で心の中に踏みこんできたら、気持ち悪いに決まってるのに。
自己嫌悪で、軽くめまいがする。
「違う! 心羽はなにも悪くないっ。悪いのはこの能力だ。望んでもいないのに、勝手に相手の心を知らせてくるこの体質のせい! だから、そんな風に自分を責めないで」
蓮兄は、わたしから視線をはずすと、自嘲気味に笑った。
「……ボクだって、心羽がこの雨の中、どうやって濡れずに帰ってこられたのか知っちゃったしさ」
息を、のんだ。
そうだ。
誰もわたしに隠しごとをできないのと一緒で、蓮兄には隠しごとなんてできるはずがない。
「心羽。一緒に帰ってきた奴は誰? もしかして……好きなの?」
悪いことをしたわけでもないのに、喉元にナイフでも突きつけられたような気分。
ヘビに睨まれたカエル状態だ。
バクバクとうるさいくらいに鳴り響く心臓をしずめるように、もらった羊のぬいぐるみをぎゅっと握りしめる。
「そんなんじゃ、ないよ。わたし、宿題してくる。じゃあねっ」
強引に話を打ちきり、階段を駆けのぼるわたしの背中に向かって、ぽつりとさびしげな言葉が呟かれた。
「宿題ねえ。勉強なんて、まともにする意味あるのかな。うまく教師の心を読めば、テストでどの問題が出るかだって簡単にわかるのにさ」
自分の部屋に入りこんで、後ろ手に扉を閉める。
勉強机に向かって問題集とノートを広げたけれど、目が滑ってしまって全く頭に入ってこない。
しばらくして、階下から玄関扉の開閉音が聞こえてきた。
蓮兄が帰ったんだとわかって、正直、ホッとしてしまう。
もらった羊のぬいぐるみを机の上に置いて眺めながら、いまだにたかぶっている胸に手をやった。
蓮兄に見抜かれたってことは、わたし、無意識に水橋くんのことを考えてた?
『もしかして……好きなの?』
蓮兄のほの暗い瞳を思い出して、背筋を冷たいものが駆けぬける。
その言葉は警告のように、その日中、わたしの頭を回りつづけていた。
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