第8話
一日も休むことなく神社に通いつめ、気づけば優子は十五歳になっていた。
数年も神社に通い、たまに眠りに落ちて白威と会う。
最初こそ、夢の事を覚えていることができなかったが、今やぼんやりと夢の内容を記憶できるまでになっていた。
そんな日々を送っていると優子の中に小さな芽が出ていた。白威に会うと、嬉しいと思う。今日は白威に会えるかな、そんな思いを持って神社に行っていた。
本殿で意識を手放し、夢へと入り込む。
何年も続けてきたこれは、一体何なのか未だに分かっていない。夢の中でしか会えない白威が何者なのか、何故白威の夢を見るのか。十五歳になった今でも謎のままだ。
「ねぇ、結局あんたって何なの?」
優子を見下ろす程成長した白威は、見上げる優子の頬に手を添えるだけで答えない。
背丈が高くなった白威だが、年々美しさも増した。
優子と歳は変わらないのに神々しく、人間が到達できないような域にいる。一度見れば誰もが目を閉じることができずに固まってしまうような、美人という言葉だけでは済ませることができない程だった。
そんな白威を視界に入れる度、優子は逃げ出したいようなずっと見ていたいような、矛盾した気持ちを抱えていた。
「んもう!」
自分よりも大きな手が頬を触る。
気恥ずかしくなり、その手を振り払って威嚇する。
「あんた、この質問には絶対に答えないんだから」
「…」
白威に出会ってからというもの、何十回、何百回も抱いた疑問。
何者なのか、何故夢に出てくるのか、存在するのか。
それらの疑問をすべてぶつけてみたが、答えが返ってくることはなかった。
黙り込んだまま、喋ろうとしない。今、まさにそうであるように。
「ふん、どうせ白蛇の手下とかそんなところでしょうけど」
白威が何も言わないので、優子なりに出した結論だ。
白髪に朱の瞳。白蛇のようだった。
村人が祀っている白蛇様の使者が人と化した。夢に現れた理由は、黒髪が生きているかどうかを確認している。きちんと成長しているか、白蛇様好みの女になっているか。そんな確認をするためではないだろうか。
そう結論付けたが、使者とはこんなにも綺麗なのかとそれがとても不思議だった。
「本殿にいつもいるあの蛇もあんたと同じ、使者なの?」
「…」
「あいつは祀られるような白蛇様って感じじゃないものね」
優子に従順な白蛇を思い出す。
頭を垂れ、優子の命令を聞き、優子に害を与えない。
あの従順さは、恐らく使者故のものだと思っている。
「まったく、私の夫となる予定の白蛇に伝えておきなさい。そんなに私が気になるのなら、自分が来て確認しなさいってね」
「…」
「まあ、本当に夫になるのか分からないけど。私のことを丸のみにして殺すような奴かもしれないし?」
「それは、しない」
「ふん、どうだか」
ふりふり、と首を横に振る白威はやはり何かを隠している。
じれったいが、これだけ聞いて答えないのだから何度聞いても何度脅しても無駄だ。
あと数年で結婚しなければならない。できることなら回避したい。白蛇の嫁だなんて普通に考えて有り得ないし、現実的ではない。もしかしたら大蛇で丸のみされるかもしれないのだ。
使者を二匹も寄こしておいて、自分は顔すら見せに来ない。
きっと白威とは違って醜い白蛇なのだ。
「あんたは凄く綺麗だけど、飼い主はきっと不細工なのね」
「…綺麗?」
「な、何よ」
綺麗、と言われて少しだけいつもより瞳を大きくさせる。
もしかして、嬉しいのだろうか。喜んでいるのか。
その様子を目にし、優子はとくんとくんと鳴り始めた心臓を抑えるように服の裾をぎゅっと掴んだ。
「…も綺麗」
「あんたいつも声が小さいのよ。もっと声を張りなさい」
「…優子、も、綺麗」
声を張れと言ったからか、単語一つ一つを聞き取れるように区切りながら発した。その言葉は当然優子の耳に入り、ぽかんとだらしなく口を開けてしまう。
優子も綺麗。
お世辞でないのは、僅かに上がっている白威の口角と、これもほんの僅かに細くなった朱い瞳が物語っている。
優子は意味を理解すると、反射的に俯いてしまった。確かに優子は自分でも綺麗で可愛いと思っている。鏡を見る度に、可愛い顔だと自画自賛している。村の中で一番可愛いと自負しているが、白威と比較したとき、その自信は粉々に崩れる。
人間の領域を超えている美に、優子が勝てるはずもない。
神様みたい。何度もそう思った。
そんな白威に、綺麗だと言われた。当然だ、と言いたいところだが白威に褒められるとそうもいかない。
ちりちりと燃えるように顔が熱くなり、心臓はばくばくと大きな音を立てて揺れている。
掌に汗がじんわりと浮き出て、何かの病気を患ったのではないかと錯覚する程、優子の身体は変になっていた。
「そ、そ、そ、そん」
「…?」
「わ、わ、私は、わ、わ」
「…?」
「ば、あ、わ、そ」
白威は優子の言葉を遮らない。
優子が話終わるのを待ってから、いつも発言をしている。
故に、優子が言い終わるのを今も待っているのだが、言葉という言葉を発さない。
それでも白威は優子が話すまで待つ。
「だ、だ、なん、その」
「…」
「と、と、わ、私、その」
私が綺麗なのは当然でしょ。
いつものように威張り散らすように胸を張って言いたいのだが、言葉にならない。
白威に向かってそんな言葉、言えるわけがない。
違う言葉を探そうとするも、他に何も浮かばない。こういうときに人間性が出るものだ。もしも優子が普通の少女であったなら「ありがとう」「そんなことないよ」「嬉しい」と、そんな愛らしい言葉が出てくるのだろう。
生憎そんな言葉とは無縁である。
魚のように口をぱくぱくさせるだけの優子はいつの間にか視界が暗転し、目を覚ますと本殿だった。
良いタイミングで起きたな、と未だどくどく動く胸の辺りを押さえて息を吐いた。
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