第6話

 目が覚めると本殿で転がっていた。

 大口を開けて欠伸をし、見ていた夢を思い出す。

 綺麗な白髪と朱色の瞳が印象的だったあの綺麗な少年。名前を何といったか、思い出そうとするが思い出せない。珍しい名前だったような気がする。

 口の端から出ていた涎を拭い、体を起こすと白蛇が傍で優子を見つめていた。


「ん?」


 そして白蛇の横には、山で採ってきたような木の実や山菜がたくさん置いてある。

 褒めて、と言わんばかりに小さな目を輝かせて優子にすり寄る。


「何よこれ」


 白けた目で見下ろしていると、ショックを受けたように白蛇は少し後退する。

 食べろということか、と白蛇と食料を交互に見ていると、そういえばと眠りにつく前のことを思い出す。

 腹が空いたから食べる物を持ってこいと、命令したような覚えがある。

 目の前の白蛇はその命令に従い、持って来たのだ。


「…ふうん」


 ということは、言葉を理解したのだ。

 優子の命令を聞いて、理解し、実行できる。

 村の犬でもこれほど利口ではない。さすが、祀られるだけはある。

 有能な蛇を配下に持ち、鼻が高い。

 配下ではなく旦那になる予定なのだが、命令に従った蛇を自分と対等若しくはそれ以上の存在であると認識せず、自分より下だと格付けた。


「あんた、できるじゃん」


 にやりと笑いかけると、嬉しかったのか後退した分だけ前進した。

 優子は食料を服の上に乗せる。服が捲れあがって臍が見えてしまっているが気にすることなく白蛇に別れを告げて神社を後にした。


 村の子どもに遭遇すると必ず身体的に傷を負わせようとしてくるので、見つからないよう周囲を気にしながら走って帰宅した。

 料理をしている母の元へ駆け寄り、食料を見せる。


「優子、これどうしたの?」

「み、見つけたの」


 白蛇がかき集めた、とは言えない。

 神社に行っていることを知られたくはなかった。

 言ってしまうと、母はきっと悲しそうな顔をする。そう思うと神社や白蛇のことは隠したかった。


「そう、ありがとう」


 柔らかく微笑む母を見て満足し、椅子に座って母と会話をする。


「今日はどこに行っていたの?」

「山の近くまで行ってお昼寝した。夢も見たよ」

「どんな夢?」

「えっとね、あれ、何だっけ?」


 起きたその時は覚えていたが、今となっては思い出せない。

 夢を見たことは確かだが、どんな夢だったか忘れてしまった。

 両目を瞑って必死に思い出そうとするが、何一つ浮かんでこない。


「…忘れちゃった。覚えていたのに」

「そっかぁ。思い出したら聞かせてね」

「うん」


 夢の内容を思い出せないが、困ることは何もない。その内思い出すだろう。

 まあいいか、と考えることを放棄した。


 それからというもの、優子が本殿で眠ると必ずあの少年がいた。

 そして目覚めてすぐはなんとなく覚えているものの、時間が経つと忘れてしまう。夢の中に入ると、今までに見た夢の記憶がどばっと溢れる。そんな奇妙な事が繰り返し起きていた。

 毎日神社に通い、白蛇と戯れ、昼寝をする。そんな日課が出来上がっていた。


「はぁ、退屈だわ。あんた、何か芸でもできないの?」


 ちょろちょろと優子の周りを動き回る白蛇に、無茶を言う。

 白蛇は「できない」と言うように頭を左右に振った。


「あんたが本物の白蛇様なら芸の一つや二つできるはずでしょ。できないってことはやっぱりただの蛇なの?」


 白蛇は崇高な存在である。その白蛇が芸の一つや二つできると思っている優子に、白蛇は呆れたような目でじとっと見つめる。


「例えば、水を操るとかできないの?地震を起こしたりさぁ、そういう芸はできないの?」


 それは芸で済まされるようなものではない。

 白蛇がまたもや左右に頭を振ったのを見て、鼻で笑う。

 所詮はただの蛇か。


「ふわぁ、眠たい」


 うとうとと眠りの舟を漕ぎ始め、身体の力を抜いて横たわるとそのまま夢の中へ入り込んだ。

 真っ白の世界で一人佇む。

 終わりのない白い空間は何度見ても不気味で怖い。

 ふと背後を振り向くと、そこにはいつもいる白髪の少年、白威だった。

 不機嫌そうな目で優子を見つめている。


「何よ」


 その目が気に入らず、睨みつける。


「…」

「文句があるなら言いなさいよ」

「…別に」


 視線を足元にやり、優子から目を逸らす。

 その仕草に苛つき、白威の顔を下から覗き込む。


「何よ」

「…」

「何か言いなさいよ」

「…」


 相変わらず無口な白威は、何を考えているのか分からない。

 無口で無表情。初めて会った時から変わらない。

 子どもらしくない。もっと分かりやすく表現してくれたらいいのに。

 自分も子どもであるが、そんなことを思う。



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