檸檬と心臓

ノーネーム

第1話 檸檬(ジェット)

「あっ…」

暗い部屋の中から…声。

「そこやばいって、んっ…」

何かが軋む音。そして、甘い声。

「お前、ここ好きだろ。」

「…うん。好きぃ。」

目下、「僕」の心は、愛の行為によって切り刻まれている。…

何故、こんなことに?なぜ、なぜ…?

───────時は、十数年以上前に遡る。

ある日、僕は幼なじみの君に、恋心を抱いた。はじめての恋。初恋だ。

二人で色んな場所に行き、遊び、共に時間を過ごすうちに、

いつのまにか、僕の恋心は芽を出した。

それからずっと、口には出せなかったけれど、君のことを思い続けていた。

そして、高校二年の冬休み前のあの日、すべてをさらけ出して、君に告白をした。

ベタだけれど、体育館裏で。僕は君と対面。

「ずっと好きでした。僕と付き合ってください!」

全身全霊でコクる。ありきたりな、けれど僕のありったけを込めた叫びを。

しばしの静寂…君の返答は。

「ごめん。勇太のことは友達としか見れない。」

「えっ…」

その一言だけを残して、君は去っていった。

告白。君の「ただの思い」を、僕は告白された。

茫然自失。…だって、だってだってだって…嗚呼。

────告白の日から、僕は無常感の中、卒業までの日々を過ごした。

それから2年。俺は19歳になっていた。僕、という一人称は改めた。

作家志望の俺は、今日もカーテンを閉め切った部屋で、小説投稿サイトに自作小説を投げる。が。

「投稿して一週間も経つのに、誰も読んでくれない…」

数時間後…やっとひとつ。閲覧数が増えるが、その後、一話目以降の閲覧数はひとつも増えない。

「…」

暗澹たる気持ちになる。わかっている。これはひとえに僕の実力不足だ。でも。

「なんでだよ⁉ 届けッ、届けよおおおッ‼」

なめやがってよ、こちとら、「承認欲求カラカラ小僧」じゃねぇんだよ‼

机の上をガタガタと引きずり倒す。と、後ろから音。

「うるさいんだよ。ニート野郎。」

妹の香苗が、腕組みしながら、俺を睨みつけていた。

「すまない…すまなかった。俺が悪かった。」

部屋を出る。ああ、もしこれが小説の一話目なら、

「つづきを読んでくれる終わり方」をしなくちゃ。

終わり。終わり終わり。終わりってなんだ。階段を降りて、玄関を出る。

────そして、俺は数キロ歩いた先の住宅街で、偶然、

俺は君の家の前に来てしまって、

声を、聴いた。君が、俺の前で一度も出したことのない、クッソ甘い声を聴いた。

「お前、評価評価って、一体誰のために小説書いてんの?(笑)」

ああ、竿役の声はぁッ‼昔俺を、そう言って笑った、大嫌いなあいつの声によく似ていたなア。嗚呼。

その癖、俺は、行為の声を最後まで聴いた。ああ…

ああ。君はそもそも俺のものじゃなかったっけ。告白は失敗したんだっけ。

俺は、そっと、家から離れていって、ぶつくさぶつくさ言いながら、

日が暮れ、夜の駅前のネオンを浴びる。

「恋染勇太、恋染勇太、俺の名前は…未来の大作家…。ペンネームは、希望少年…」

もういい。もういいって。もうやめろ。自分でも、止めることのできない口。

気付けば、廃ビルの屋上に立つ。俺は、眼下の汚濁された街の明かりを見る。

「ああ~、いい風~。」

あはは。あはははは。飛ぼう。行こう。あっち側へ。柵を乗り越える。

両手を広げ飛ぼうとした瞬間。

「おつかれさん。宇宙も遠くなくなったね。」

そんな声が、した。振り返ると、コンビニの袋を右手に、缶ビールを左手に立った、

黒いパーカーの女性が立っていた。

「…だれ?」

「あたし?時雨。時雨、凛。」

「うそだー!そりゃバンドだー‼」

「あはは、ホントだよ。」

「あははははは!あはははは!うそうそうそ!」

「躁」が来た俺は、笑いを止めることができない。

「ねぇねぇ、勇太、しなないで?」

「ええ~っ?なんでぇ~っ?」

「あたしとい~ことできっからさ。」

「もういいって。もう、今日はそういうのいいって。あはは!」

「じゃあ、一緒に死ぬ?」

時雨・凛は、柵を飛び越えて俺の横に立つと、笑った。笑って揺らいだ。

「手ぇつなご?」

「うん。」

「自転車乗って、月飛び越すなんて、無理だよね。」

「わかってる。わかってる。わかってる。」

「じゃ、こうしよう。」

突然、唇を塞がれる。ナマコみたいな舌が、俺の舌にまとわりつく。

あったけぇ。ドライビールの味がする…

そのまま、俺は時雨と屋上で絡みついた。気付けば、12月の寒空は、

雲間から巨大な月をのぞかせていた。

「すき、すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき、すき、す、き、すき、すき、すき、すき、すき、す、き。」

時雨は俺の耳元で、狂気にも似た声で、愛?を囁き続ける。

「この手は初恋のあの子の手、告白は成功していた、初恋のあの子の…」

俺は最低なことを吐きながら、芋虫のように、もぞもぞ動く。

「おえぇ、」

時雨の吐瀉物が、俺の体にぶっかかる。俺も、つられて吐いた。

「あはは、くっせぇ~。うッ、おっ、おッえ。」

「うふ、かっわいい。」

「あはははは。あ~、あっ、あっ、あっ。」

俺は、突如泣き出す。いつものように、子供のように、大泣きする。

「ゆーたは、いいこ、いいこ。わたしがいちばんしってるもん。」

顔面中ピアスまみれの、金髪混じりの短髪の女は、俺の頭をなぜる。

女はなぜこうも俺を庇護するのだろう。その訳を。

知るのはこれが終わってからでいい。かな。

とりあえず、今はこの子の身体の千本の傷を全部撫でたい。

作家?んなもん無理だろ。ただの発情した豚だもん、俺。

人間なんぞ、ただの獣だ。虹のかかった夜は、果てし無く続いた。

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