第7話 有終の美
猛々しくも美しい姫様だ。それでこそ一時とはいえ俺が仕える価値がある。
「俺を前に余所見とは余裕だな」
「隙があると思えば遠慮無く打ち込んでくればいい」
俺は片手でクイクイッとして挑発してやる。
「誘いか」
「どうだかな」
取香の怒気を俺はいなす。
打つと見せかけ気を当て気を流す。
二人の間に気の攻防による気流が練り上げれていく。練り上がったときが雌雄を決するとき。
「ん?」
そう思った矢先に足下にコロコロと転がってきた。
小石?
フェイントでも何でも無い二人揃って何かを感じたか、小石が転がってきた方向を見上げれば。
崖の上から木々を薙ぎ倒し雪崩の如く土石流が迫ってくるのが見えた。
「なっ!」
偶然!? それともこれがあおいが言っていたことなのか?
「お前等勝負所じゃ無い逃げろっ」
この場に留まれば生き埋めになるのみ。こうなれば敵味方関係無い。俺は逃げろと叫んでこの場から逃げ出そうとする。
「臆したか」
だが取香は構わず襲い掛かってきて俺の足止めをする。
「馬鹿か。死ぬ気か」
「望むところよ。根の国の者に死を恐れる者はいない」
「そうか? お仲間さんは一目散に逃げてるぞ」
見ればあおいを襲っていた山伏達は逃げ出し始めている。
「無駄死には我等が神も喜ばないぞ。捧げるなら有意義にそれでこそ根の国に招かれる」
「ふっ、ここで此奴と葦原の姫まとめて相打ちなら十分お釣りが来る。我等が神も喜んでくれよう」
親しかったのかリーダー故かおほほしが逃げつつも取香にも逃げるように声を掛けるが、取香は一顧だにしなかった。
「委細承知。根の国の神のご加護があらんことを」
取香の覚悟を看取ったおほほしはそれだけ言うともう振り返ること無く一目散に逃げだして行く。
「逃げなさい」
「逃がさんぞ」
あおいは自分が逃げるより先に俺に逃げろと言ってくれるが、取香は俺が逃げ出さないように気で牽制しあおいを揺さぶる。
強引に逃げれば背を討たれ、前に進んで抜けようとしても乱打戦に巻き込まれ足を止められ、右に逃げれば土石流、左に逃げれば崖からダイブの後土石流。
前後左右を塞がれ加勢でも無ければ逃げられそうに無く、逆に加勢があればギリギリ逃げられそうであるのがいやらしい罠。
取香は駄目押しにあおいを挑発する。
「どう致しますかな葦原の姫。従者を見捨てて逃げ出しますか? 葦原の姫の名が泣きますぞ」
「来るなっ」
機先を制し俺を助けに来ようとしたあおいを止めた。
「でっでも」
「さっさと逃げろ。俺の心配はいらない。後で追い付くから先に行ってろ」
あおいは戸惑い未練が絡み堪えきれない顔で俺を見る。
ナイスガイが女性にあんな顔させるとは失格だな。
「男がここまで言ったんだ俺を信じろ、一応お前の従者だろ」
「後で必ず来なさい」
あおいは主人らしい顔付きを無理矢理作って俺に叱咤命令すると、俺を信じたとばかりに、二度と振り返ること無く逃げていく。
女性にここまでさせたなら期待に応えなければナイスガイじゃ無いな。
「見上げた男気。益々俺がここで相打ちになる相手に相応しい」
「男と心中なんて俺は冗談じゃ無いぜ」
ここで相打ちではあおいの信頼を裏切ることになる。
「つれない奴だ」
取香は大上段に錫杖を構える。防御を捨て攻撃のみに集中する気か。
取香を見据えつつ俺は迫り来る土石流も視界に抑えつつ、弾かれ地面に転がっていた錫杖を片足で蹴り上げ受け止める。
「捨てた武器を拾うか」
「捨てるも拾うも変幻自在よ」
流れを見極めるのが無手無限流の極意
あれだっ
見極めると同時に取香に向かって行く。
「来るかっ」
上段の構え。
俺が速攻勝負に出たと思った取香は俺が間合いに踏み込むと同時に防御を捨て錫杖を振り下ろそうと気炎が上がる。
「残念。この勝負生き残れば俺の勝ちだ」
取香の間合いに入る直前俺は右に切り返した。
「今更奇策など通用するかっ」
俺は右にステップ、ホップして棒高跳びの要領で俺は錫杖を使ってジャンプした。
前後左右をふさがれた窮地なら地に潜るか空に逃げるまで。この柔軟な発想こそ無手無限流。
「一時空に逃げて何になるっ」
取香は人生最後の勝負だと盛り上がっていたところに水を差され怒り心頭である。
「無手無限流は森羅万象全てが己が手足」
俺は狙いを定めていた土石流の中滑り落ちてくる大木の上に飛び乗った。飛び乗ると同時にサーファーの如く五体を駆使してバランスを取る。
波乗りならぬ土石流乗り、ちょっと均衡を失えば投げ出されて土石流に呑み込まれ浮かび上がることは無い。
「なに!?」
観客が驚愕の喝采を上げてくれて大成功とはいかない。もはや取香は意識から消え己の状況を把握するだけで一杯になる。
少しでもバランス調整をしくじれば大木はくるっと回ってしまう。大木から伝わる力に応じて左右の足に力を込める。だが時にはどうにもならないときは素直に諦め回ってしまう大木の上で玉乗りの如くステップを刻む。
くそっ思った以上に流れが速い。視界が高速で流れていく。
スピードと命の危機が両輪で迫り上がっていき、弾ける小石一つすら宝石の如く輝いて見えてくる。
この領域に踏み入れた者だけが見れる美の世界、こんなの危機に際して排出される脳内麻薬によってもたらされる有終を飾るレクイエムのような美、俺が求める美とは違う。違うがスピード狂が惹かれていく気持ちが理解出来てしまう。
更に高まるスピードと危険、上がれば上がるほどに時は遅くなり、音の壁を破り光に追い付いた瞬間時は止まり永遠の美の世界に招かれる。
崖上から襲い掛かってきた土石流は山道を呑み込むとそのまま崖下に流れ落ちて行き、俺を乗せた大木は砲弾の如く空に投げ出されるのであった。
地面に激突するまでに加速を続けるだろう。
くっく、何処まで美の世界に近づけるのか楽しみだぜ。
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