モニの落胆と叔父の推測(1)

しばらく歩き、集落から離れたことを確認してモニは叔父に話しかける。

「叔父さん、息を吐くように嘘をつくんですね。」

「結構いい筋書きだったんじゃないか?」

「どこが。あれ、マイヤー先生だったから上手くいったんですよ。もっとベテランの先生だったら叩き出されてたと思いますね。大体どういうことですか、後ろ姿しか見ていないのに北の分校の子だって断言したって。」

「あっ、確かに。」

はあ、とモニが溜息をつく。袋の底に残っていた飴を一つつまみ、ぽいっと口に投げ込む。

「僕にも一つちょうだい。」

叔父が言うので袋ごと渡す。叔父は飴を一つ口に入れ、袋を鞄にしまった。

モニが疲れているのは、今日、手紙の手がかりを得られなかったからだ。昨日の叔父の推察を聞いたときには早ければ今週中に送り主を発見できると思っていたのに。街にある10個の集落のうち、3つは今日で調査できた。だが一番疑わしい場所に送り主はいなかった。集落はまだ7つあるうえ、子供の数はここより格段に多い。教師もきっと熟達者だ。今日のようなほら話はもう通用しないだろう。これは猫を追いかけるしかないのか。まあ、当初から自分は猫を追いかけるくらいしか解決策を思いつかなかったので、当然と言えばそうかもしれない。モニは悔しさに歯噛みする。叔父は実力行使の前に、理論と知識で解決を試みた。結果は伴わなかったかもしれないが、それに引き換え自分はどうだ。叔父のすることには全部意味があったのに、小言ばかり言って。昨夜、力になりたいと言ったくせに。

そんなことを考えながらとぼとぼ歩いていると、いつのまにか家についていた。

「ただいま。今日はたくさん歩いたね。」

叔父が玄関先に鞄を下ろす。

「僕はひとっ走り教会に行って、お肉を回収してくるよ。忘れられたと思われたら、神父さん、悲しむだろうからね。モニは先にお風呂に入っておいで。夕食は僕が作るから、休んでおきなさい。今日はたくさん歩いたからね。」

「分かりました。」

あからさまに元気のないモニを気遣わしげに見ながら、叔父はもう一度家を出る。小走りに離れていく足音を聞きながら、モニはせめて日常生活では役に立とうと、トマトの瓶詰とキャベツで簡単なミネストローネを作った。ひと煮立ちさせて火を止め、温めなおせば食べられるようにしておく。とぼとぼと浴室に向かい体を洗っていると、叔父が帰って来た気配がした。

「おかえりなさい。」

タオルで髪を拭きながら台所へ向かうと、叔父がパンを焼いていた。

「ただいま。スープを作ってくれてありがとう。でも、ゆっくりしておけばよかったのに。」

「別に、時間があったので。夕飯の前に叔父さんも体を流して来たらどうですか。」

「そうする。先に食べてていいよ。すぐ上がるから。」

結局叔父が戻ってから一緒に夕食を摂った。叔父がパンと一緒に神父からもらったベーコンも焼いていた。少し厚めに切られており、パンに挟んで頬張ると、塩と脂とハーブの旨味を感じる。少し元気が出てきた。元気がないときは焼いた肉を食べるのが一番かもしれない。

「よし、明日も頑張ろう。」

自分に言い聞かせるように呟く。

「あ、少し元気になった。」

叔父が笑った。モニは下唇を突き出す。

「明日歩き回るために、頑張って元気にするんです。で、明日はどっちの集落から行くんですか?」

「ん?明日はどこにも行かなくていいんじゃない?作戦会議ってことで。毎日こんなに歩いていたら足がすり減っちゃうよ。」

「でもまだ7か所も残っているんですよ。少しずつ当たっていかないと……。」

「ああ、手紙の送り主のこと?それは分かったから大丈夫。」

「はい?」

モニは唖然とする。この人は今なんと言ったんだろう。

「少なくとも、当初の手紙の送り主は分かったよ。いやあ、散々歩き回った甲斐があったね。まだ分かんないことだらけだけど。だから明日は頭を使う日ってことで……。」

「いつ分かったんですか?一体誰なんですか?」

モニが身を乗り出す。おっ、と少し驚いたのち、叔父がにやにやと笑う。

「なんだ、モニは今日、我々が何の成果も得られなかったと思って元気がなかったのかい?君の叔父さんを見くびってもらっちゃあ困るな。ふふん、まずは自分で考えてみよう。推理ゲームだ。叔父さんはいつ、手紙の送り主を突き止めたか。」

スープを飲みながら叔父は言った。癪に障る言い方だが、腹を立てても仕方がない。モニは一昨日からの出来事を反芻する。

「食べながら考えようよ。せっかくの美味しいスープが冷めてしまうよ。」

叔父が余裕の笑みを浮かべながら言う。モニは上目遣いに叔父を見る。

「なにかこう、ヒントとかないんですか?」

「ヒント?ヒントか。難しいな。何が知りたい?」

「何が知りたいか?うーん……。待って、もうちょっと考えます。」

今日会った人を片っ端から頭の中に並べる。役場の受付、中心街の神父、菓子屋のマダムにサンドイッチ屋の売り子。ほとんどが偶然関わっただけの人だ。子供たちとは大勢会ったが、あの中にいたとは思えない。それに、観察係であるモニが気付かなくて叔父が気付くというのも考えにくい。モニは飴を配っているときも子供たちに接していたが、その時叔父はマイヤー先生と喋っていたからだ。そこでモニはふと気づく。叔父が子供たちを観察しろと言ったので、マイヤー先生にはろくに注意を払っていなかった。いや、あの素朴な人がそんなことをするようには見えない。だが自分の観察眼に自信があるかと言われると全くない。つい先ほど自己嫌悪に陥ったばかりじゃないか。人間観察が趣味だなんて、戯言にもほどがある。モニは自分の頭をくしゃくしゃと掻くと、叔父に言った。

「せーので送り主の名前を言いませんか?」

「お、それいいね。」

叔父がにこにこと笑っている。見ているとどことなく腹が立ってくる。

「じゃあいきますよ、せーの、」

「マイヤー先生。」

「ヘレナ・グリュンワルド。」

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