発端

日も短くなってきた季節だった。モニが夕食の支度をしようと台所に立つと、窓の外の植え込みが不自然に揺れているのに気付いた。泥棒であれば叔父を呼ぶのが妥当だろうが、たいして裕福な家でないことは外から見てもすぐに分かる。大方近所の子供かどこかの飼い犬が迷い込んだのだろう。窓を開けて様子を伺うか逡巡している間も植え込みは揺れ続ける。侵入する前からこんなに下手くそな泥棒もいなかろうと、念のため麺棒を構えながら窓を開けた。

「うわっ!ちょっと待って。あ……。」

モニが声をかけるより前に植え込みから驚いたような声がした。やれやれと溜息をついて麺棒を置き、モニは叔父を呼びに台所を離れる。


「それで、一体なんであんなところに引っかかっていたんだい?」

笑いをこらえながら叔父が尋ねる。案の定、植え込みの中にいたのは街の子供で、ロビンという名前の8歳の少年である。

「ちょっと探し物をしてて……。」

バツが悪そうにロビンは言う。靴紐に小枝が引っ掛かったのを外そうとして植え込みの中で体をひねり、さらに袖に枝が絡まって悪戦苦闘していたのを、叔父に引っ張り出されたのだ。

「助けてくれてありがとう。勝手に庭に入ってごめんなさい。その、ぼく、もう家に帰らなくちゃ。」

「探し物は見つかったの?そもそも、うちの植え込みで何を探すのさ。」

鍋ににんじんを放り込みながらモニがぼやいた。それを聞いてロビンがまた居心地悪そうにする。

「今から探したところで、もうこの辺りにはいないだろうねえ。もうじき暗くなるし、今日は家に帰って、また必要なら来るといいよ。つぎはこそこそしなくていいからね。好きに庭に入っておいで。」

叔父が笑いながら立ち上がり、ロビンを玄関まで送ろうとする。モニは叔父の言い方に違和感を覚えた。

「叔父さん、ロビンが何を探しているのか分かるんですか?」

「ん?猫かなにかじゃないのか?」

ロビンの方を向くと驚いた顔でこちらを見返す。叔父は基本的にはぼんやりとした人であり、モニの母などには昼行燈と評されているが、ごく稀に、どうでもいいときに、勘の良さを発揮することがある。

「モニのいう通り、普通は他人の植え込みの中に物を落とすことはないよ。だから探し物の方が植え込みに入っていったんだろうね。犬か猫か鶏か……植え込みに潜り込んで少年を撒けるのは猫くらいじゃないか?」

でも、と叔父は首をかしげながら続ける。

「ロビンとこ、猫なんて飼っていたっけ?」

モニと叔父は悩まし気に考え込んでいるロビンの顔を見つめる。10秒ほど沈黙した後、ロビンは口を開いた。

「モニの叔父さんのいう通り、猫を追いかけていたんだ。ちょっと困ってるというか、どうしていいか分からないことがあって。明日、話を聞いてくれる?今日は本当にもう帰らなきゃ。」

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