後編

 戦闘。いや、そうとすら呼べない一方的な蹂躙。ルビー=イセルベルクを守る為、その身を鋼鉄の騎士、黒鉄の鎧を纏う荘厳でありながら威圧感を伴う巨大な機動兵器へと変えた青年の振り下ろした剣は数十人以上の兵士諸共にネフライトを呑み込んだ。


 後に残ったのは戦闘継続など不能と一目で分かる程度にボロボロとなった人の群れ。


「君はどうしたい?」


 青年は戦闘不能となった兵士達に興味を無くすと、己が内、操縦席に座る彼女に未来を尋ねた。その言葉に、まるで長年付き添った伴侶の如き語りにルビーの意識は再び過去を覗く。初代当主は後に運命的な出会いを経て結ばれた伴侶を己が運命の転換点と回顧した。彼女の脳裏にその一文が浮かぶ。


「私の願いは貴方の願い。私は貴方の為に生きたい」


 果たしてその回答に巨人は何を思ったか。暫しの無言の後、彼女が小さな部屋と呼んだ黒騎士の操縦席が光り輝くと、前面の空間が開けた。程なく、彼女は暫くぶりの外を堪能する。ルビーの目に飛び込んできたのは見るも無残に崩落した遺跡ダンジョンの残骸。ふと、彼女は上を見上げた。視線の先に遺跡ダンジョンの天井は無く、代わりに満天の夜空に浮かぶ星々の淡い輝きが、まるでヴェールのようにルビーを優しく包み込む。まるで、彼女を祝福しているようだった。


「運命と言う言葉を信じるか?」


 満点の星空に青年の声が溶ける。再びの質問にルビーが背を向ければ、先ほどまでの巨人は既になく、端正な顔立ちの青年がにこやかにほほ笑んでいた。


「はい。とても」


 ルビーは満面の笑みで答えた。


 ※※※


 暫しの後、周辺の国家は漏れなく満天の夜空を切り裂く巨大な黒鳥を目撃する。禍々しい黒炎を纏った巨大な鳥。同時、知る事となる。全滅したイセルベルク家から長女の亡骸だけが見つからなかった事実を。イセルベルク家領土から見つかった地下遺跡ダンジョンが、堅牢と謳われた安全地帯が見るも無残に破壊された事を。権利獲得を目論んだネフライト=カーディアスと彼が率いる大陸列強の騎士団が呆気なく全滅したという事態を。


 人々は嘆いた、安寧の時代はまだ遠いと。噂した、行方不明となったイセルベルク家長女が遺跡ダンジョン深奥に封印された最強の巨人を目覚めさせたと。確信した、動乱の時代が訪れると。


『運命、宿命という言葉は嫌い。変えられない現状を呪う言葉に聞こえるから』とはイセルベルク家初代当主の冒険譚、その最後に記された言葉。


 今、長き時を経て、その意志が形を変え、現当主ルビー=イセルベルクに宿る。運命を、宿命を拒絶するのではなく受け入れ、その上で己が意志を貫く彼女の冒険譚は今日、この日より始まる。

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