第74話 その世界、やっぱりゲームとは違うんじゃないんですか?

 光を失ったその鉛色の瞳は何ものも映してはいなかった。


 自らの力で召喚された雪だるま達も、それと戦っているオーウェン達も、仲良く遊んだイーリヤも、目の前にいるアイリスも……そして、眼前に突きつけられた雪薔薇の指輪さえもネーヴェの瞳には映っていなかった。


「えっ? えっ? えっ?」


 指輪を嵌めた左手をネーヴェの眼前に突き出したまま、アイリスは訳が分からず固まった。


「どうしてイベントが進行しないの!?」


 アイリスは叫んだが、ネーヴェは全くの無反応。ネーヴェは氷像のように微動だにせず、ただそこで力を放出し続けた。


「おい、雪だるま共がどんどん増殖しているぞ!」

「アイリス、このままじゃまずい!」

「早く何とかしてくれ!」


 後方ではオーウェン達が雪だるま達と死闘を繰り広げている。どうにもアイリスが期待しているようなイベント展開にはなっていない。


「何で? 何で? ゲームならこれで解決のはずなのよ」


 アイリスは混乱した。このままでは埒が明かないとアイリスを押し退けトレヴィルがネーヴェの肩を掴んで揺さぶった。


「ネーヴェ! ネーヴェ!」


 必死にトレヴィルが名前を呼ぶ。そんな彼の強い想いが奇跡を生んだのか、鉛色の瞳にきらりと光が灯りトレヴィルの姿を映した。


「おぬし……は?」

「分かるか? 俺だ、トレ……」

「トリスタン!?」


 ぼんやりしていたネーヴェの目がカッと見開かれた。


「違う、俺は!」

「止めよ! 止めよ! 止めよ!」

「聞いてくれネーヴェ!」

「いやじゃ! いやじゃ! いやじゃぁぁぁあああああ!」


 ネーヴェが狂ったように絶叫した。


「トリスタンは死んだのじゃ。妾がこの手で殺したのじゃ」

「俺だ、トレヴィルだ」


 トレヴィルに肩を掴まれネーヴェはいやいやと首を振る。


「来るなトリスタン! 寄るでない! 消えるのじゃあああああ!!!」

「ぐあっ!」「きゃあ!」


 ネーヴェからとてつもない冷気の奔流が噴出し、トレヴィルとアイリスは吹き飛ばされた。二人を空中で器用にキャッチして、トンットンッとカミラが軽妙に飛びすさる。


 一気にイーリヤとウェルシェの側まで戻ると、カミラは容赦なくアイリスとトレヴィルを放り出した。


「きゃっ! ちょっと、もっと優しく降ろしなさいよ!」


 打ちつけたお尻を摩りながら立ち上がったアイリスの苦情にもカミラはどこ吹く風。基本カミラはウェルシェ以外どうでも良いのである。


「ちょっと、何も起きないじゃない!」


 カミラの態度にブツブツ文句を垂れるアイリスにイーリヤが食ってかかった。


「知らないわよ! 私だって困惑してんだからぁ」

「あんた本当にイベントクリアした事あんの?」

「だから何回もあるって言ってるでしょ!」

「じゃあ、指輪を元に戻す方法を言ってみなさいよ」

「そんなの知るわけないじゃない」

「はあ?」


 アイリスのトンデモ発言にイーリヤは目が点だ。


「だって、ゲームじゃイベントバトルの後に雪薔薇の女王の目の前に雪薔薇の指輪をかざせば、後は勝手にストーリーが進んでイベントクリアできてたんだもん」

「ちょっと待て! あんたまさか!?」


 イーリヤはアイリスの言わんとするところを理解して眩暈を覚えた。


「この現実でもイベントが自動進行すると思ってたの?」


 つまり、指輪を出した後は強制イベント。そこまでくれば、後はテキストが自動に流れてストーリーが勝手に進行していく。


 ただし、それはゲームならばの話だ……


 現実世界であるここではイベントの内容を自分の手で再現しなければならない。現実世界にオート機能など存在しないのだ。


「テキストは読まなかったの?」

「当然スキップしてるに決まってんじゃん」


 毎回毎回同じストーリーテキストなど読んでいられない。周回プレイヤーのアイリスにとってイベントスキップは基本なのだ。


「それでも一番最初はきちんとテキスト読んだんでしょ?」

「そんな昔の事もう忘れたわよ!」

「自分でこの惨状を引き起こしておいて無責任でしょ」


 ここまでやっておいて今さら知らないでは済まされない。


「何とか記憶を捻り出せ!」

「無理よ。何回周回してどんだけイベントこなしたと思ってんの」


 あまりにイベントが膨大で、メインストーリー以外はそこまで記憶していない。サイドストーリーの一部でしかない『雪薔薇の女王』など興味の範疇外で早々にアイリスの記憶から消えていた。


「ふえ〜ん、二人とも喧嘩をなさっていないで何とかしてくださいましぃ」


 イーリヤとアイリスが言い争いをしている間も雪だるま達は襲ってきている。それをウェルシェが火箭降雨フレメレーゲンで薙ぎ払い、残敵をカミラが処理している状況だ。


「仕方がない。ここは雪薔薇の指輪フローゼンエンゲージで封印してしまいましょ」

「そんな身勝手は私が許さないわよ」


 アイリスの提案にイーリヤが激怒した。


「雪薔薇の女王は氷雪の牢獄コキュートスに幽閉されてたんだし、元に戻るだけじゃない」

「あんたホントにいい加減ね」

「何よ、たかがゲームキャラじゃない」

「あんたねぇ!」


 ネーヴェを切り捨てようとするアイリスにイーリヤが激怒した。


「みんな生きてんのよ! そのゲーム脳なんとかしなさい!!」

「ハンッ、NPCに同情なんてバッカじゃないの」

「このッ!」

「ちょっと二人ともいい加減にして!」


 激昂したイーリヤがアイリスに掴みかかろうとしたところにウェルシェが割って入った。


「今はこの状況を何とかするのが先決でしょ!」

「だけどこいつが……」

「喧嘩してたって何にも解決しないわ!」


 もはや言葉使いも取り繕わずウェルシェはイーリヤを叱り飛ばした。


「それじゃ指輪で封印決定ね」

「……ネーヴェを元に戻す方法が他に無いのなら選択の余地はないわ」


 アイリスの提案に眉を寄せながらもウェルシェは頷いた。


「それでは今からネーヴェを……」

「お待ちください!」


 ウェルシェが決断を下そうとしたその時、土手の上に現れた人影が制止の声を上げた。


「雪薔薇の女王の白薔薇を……雪薔薇の指輪フローゼンエンゲージの白薔薇を元の赤薔薇に戻す方法ならあります!」


 その者は土手を駆け下りウェルシェの前に馳せ参じると片膝をついた。


「遅くなり申し訳ございません我が主人マイレディ

「いいえ、良いタイミングよ」


 ここにきて一発逆転の情報を齎した者。


「それでは調査報告をお願いできるかしら……」


 それは――


「レーキ様」

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