第54話 その文化祭、間もなく開催ですか?

「お〜い、その建材をこっちに回してくれ!」


 ――トンカン、トンカン


「誰だぁ! こんなとこにペンキ出しっぱなしにしたヤツは!」


 ――カンカンカンカンッ


 文化祭前日、明日の本番に向けて学園中が準備に騒がしい。未だ設営の終わっていない生徒達が校内の各所で走り回っている。


 二年の準特別クラスもまた明日の開店に向けてオペレーションの打ち合わせと練習、最終チェックなどでバタバタしていた。


「アイリス、念の為メニューの予備を作っておいたぞ」

「ありがとうサイモン、そっちにまとめておいて」

「アイリス、服が苦しいんだが」

「クラインのガタイだと服がちっさかったかぁ」

「せめて蝶ネクタイだけでも緩めていいか?」

「まあ、ワイルド路線でもいっか」

「じゃあ、僕も……」

「コニールはダメ!」

「何で僕だけ!?」


 アイリスと愉快な仲間達もまた忙しそうに最後の追い込みをしていた。


「アイリス、衣装はこれで良いのか?」

「僕も合わせてみたけど……」


 仮設更衣室のカーテンをシャッと開け二人の執事服を着た美少年が出てきた。


 金髪碧眼と容貌は似ているが、タイプはまるで違う。一人は執事の格好でも隠せない王者の風格があり、もう一人は優しげで天使のように愛らしい。


 この二人の少年の登場に騒々しかった教室から水を打ったように音が消えた。


「きゃぁぁぁ素敵ぃ!」

「オーウェン殿下、何て凛々しい執事様なの!」

「いやぁん、エーリック殿下の執事姿カワいいわ!」


 が、次の瞬間、女生徒が色めき立ち先程とは違った感じで騒然となった。


「どーよ、この衣装」

「良いわよ良いわよ」

「これは萌えるわね」


 ふんすと鼻息荒く胸を反らすと他の女生徒も追随した。


「ホントはイベントをパーフェクトクリアする為にトレヴィルも引き込みたかったんだけど」

(イベント?……クリア?……トレヴィル?……)

「ノーマルクリアでもオーウェンの功績にできれば十分よね」


 女子の嬌声で騒々しい中でアイリスがボソボソと口にした呟きをエーリックはかろうじて拾った。その意味はまるで理解できなかったが、それだけに思わず聞き耳を立ててしまった。


「オーウェン達の戦闘服もスチルとバッチリ同じだし……」


 執事服に身を包んだ見目麗しきイケメン達をうっとり見つめながらアイリスの独語は続く。


「ここで雪薔薇の女王を迎え撃って、評価ポイントがっぽりゲットよ!」

(雪薔薇の女王って……童話の?)


 事情を知らないエーリックにはアイリスが何を言いたいのか意味不明である。


「エーリック様?」

「うわっ!?」


 つい耳をそばだて意識を取られていたエーリックは、背後からの呼びかけに口から心臓が飛び出そうになった。慌てて振り向けば白銀の美少女が目をぱちくりさせていた。


「な、なんだウェルシェか……どうしたの?」

「そろそろお昼休みですし、ランチのお誘いに伺いましたの」

「ああ、もうそんな時間なんだ」


 エーリックはクラスメートの一人に昼休みに行くと伝えると、ウェルシェと連れ立って学生食堂カフェテリアへと向かった。


「今お召しになられているのが明日の衣装ですの?」

「うん、そう……どうかな?」


 エーリックが下衿ラペルをピッと引っ張ってポーズを作るとウェルシェは困ったように顔を曇らせた。


「その……何と申し上げて良いのか……」

「えっ、似合わなかった?」


 それなりの自信があったエーリックは、ウェルシェから似合うとかカッコいいとか言ってもらえると思っていただけに少しショックを受けた。


「エーリック様は、その……いつも素敵ですわ」


 本心からウェルシェはそう感じている。


 ただ……


「使用人の衣服を似合っていると申し上げるのはちょっと……」

「ああ、そうだよねぇ……うん、確かにそうだった」


 クラスの女生徒達からキャーキャー騒がれて麻痺していたが、常識的に考えて王子に執事服を褒めるのは不敬である。


「クラスの生徒は誰も咎めませんでしたの?」

「みんなお祭りに浮かれていたのかな?」


 エーリックもウェルシェに指摘されるまで気が回らなかった。いつの間にかアイリスに毒されていたのだろうか?


 だいたい執事喫茶の提案が通った事もおかしな話だし、何となくアイリスが中心になって命令しているのに教室の誰もが疑問に感じていない。


 今思えばかなり異常な事態である。


(アイリス様には人を惑わす力があるのかしら?)


 トレヴィルの術を破った力と言い、アイリスの力を少し見くびっていたかもしれない。


(オーウェン殿下達だってアイリス様に狂わされてしまっているのよね。それに彼女はエーリック様も狙っている)


 ウェルシェはアイリスへの警戒を強めた。


(乙女ゲームの事をイーリヤから詳しく聞いておいた方が良さそうね。だけどその前に……)


「でしたら私も少しばかり浮かれてもよろしいですわね」

「えっ!?」


 ウェルシェはエーリックの腕に自分の腕を絡めた。もちろん胸を押し当てるのも忘れない。大きく柔らかな膨らみにエーリックがデレっと鼻の下を伸ばした。


 エーリックの心を自分にだけ向くよう仕向けると同時に、周囲へエーリックは自分のものだとアピールしているわけだが……これは完全なウェルシェの嫉妬心と独占欲である。


「お嫌でしたか?」

「そんな事ないよ」

「ホントですの?」

「ホントホント!」

「ですが、先程は教室でアイリス様を見つめていらっしゃいましたわ」


 可愛い方ですわよね、とウェルシェは拗ねて見せたが、いつものように演技だけではなく半分は本気で言っている。自覚はしていないようだが、知らず知らずウェルシェは嫉妬を覚えていた。


「ち、違うよ。あれは見つめてたんじゃないよ!」

「でもでも、ジッとアイリス様のお顔をご覧になられていましたわ」


 恨みがましい目で見上げられ、エーリックは慌てた。


「きっとエーリック様は私なんかよりアイリス様みたいな守ってあげたくなるような庇護欲をそそられる女の子の方がお好きなんですわ」

「絶対ないよ。僕は断然ウェルシェの方が……ううん、ウェルシェだけが好きなんだ!」

「あんなに熱い視線をアイリス様に送られていたのでは説得力ありませんわ」

「あれは彼女の独り言が気になって……」

「独り言?」

「あっ!」


 女性の独り言を盗み聞きしていた罪悪感から言い訳できなかったが、エーリックは思わず口を滑らせてしまった。


「その……彼女がね……」


 だが、暴露してしまった以上は仕方がない。エーリックは先程のアイリスの独語を盗み聞きした事を洗いざらい白状した。


「雪薔薇の女王?」

「うん、カオロ嬢が言ってたんだ『ここで雪薔薇の女王を迎え撃つ』って」

「ここで、でございますか?」

「雪薔薇の女王って童話だと思うんだけど、それに関係するような模擬店はなかったと思うんだけどなぁ」


 エーリックにはさっぱり意味が分からなかったが、ウェルシェには心当たりがあった。


(雪薔薇の女王はルインズではなく学園に現れるって事?)


 しかも、どうやら文化祭の開催期間に出現するようである。


(これはレーキ様達の調査を急いでもらう必要がありそうね)


 アイリスが巻き起こしているイベント『雪薔薇の女王』。ルインズが雪に閉ざされたのは十中八九これが原因だろう。


 その魔の手がマルトニア学園に忍び寄る足音をウェルシェは聞いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る