あなたのお嫁さんになりたいです!~そのザマァ、本当に必要ですか?~

古芭白 あきら

第0章 そのザマァ、本当に必要ですか?

第1話 その回想、本当に真実ですか?

 エーリックは胸が高鳴るのを感じていた。


 ここはグロラッハ侯爵の屋敷――彼の婚約者が住む場所。


 エーリックの婚約者はグロラッハ侯爵の一人娘ウェルシェ・グロラッハである。彼は家令に案内されて、ちょうど婚約者の元へと向かっているところだった。


「お嬢様は中庭の四阿ガゼボでお待ちです。こちらの部屋からお通りください」

「ありがとう」


 家令に瀟洒しょうしゃな応接間へと案内されたエーリックは、もうすぐウェルシェに会えると思っただけで胸が熱くなった。


 うるさく鼓動する心臓の音はエーリックに婚約者への恋を自覚させる。


(ああ、そうだ……初めて会ったあの日から僕は未だ彼女に恋をしているんだ)


 エーリックとウェルシェが婚約を結んだのは今から二年前、彼が十五歳の時であった。


 この婚約の背景は――


 王位を継げないエーリックは婿入りし当主となり、グロラッハ家は彼を受け入れることで向こう三代まで公爵家に陞爵される。


 細かい条件はあるものの、お互いに利のある、そんな契約……つまりは政略結婚であった。


 王族、貴族にはよくある話だ。


 だから、エーリックはただの契約として相手のウェルシェに何の期待も感慨も抱いていなかった。


 だが――


「お初にお目もじつかまつります。グロラッハ侯爵の娘、ウェルシェでございます」


 綺麗な立礼カーテシーで出迎えてくれたウェルシェを一目見た瞬間、エーリックは雷に打たれたような激しい衝撃を受けたのを今でも覚えている。


 幻想的な白銀の髪シルバーブロンドと神秘的な翠緑の瞳エメラルド、透き通る白い肌にほっそりとした小柄な令嬢は何処までも儚く、触れれば消えてしまいそう。


 美しいだとか、可愛いだとか、そんな言葉で表現できない存在。


 ――妖精だ……妖精の姫が目の前にいる!


 完全なる一目惚れ。


 この時のエーリックにウェルシェ以外の事を考える余裕はなく、彼女にただただ夢中になっていたのだった。


「マルトニア王国第二王子エーリック・マルトニアです」


 それでも胸に手を当て優雅に一礼するのを忘れないのは、さすが彼も王家で鍛えられた王子である。


「あなたのように可憐な姫君と婚約できるのは望外の喜びです」


 今、エーリックの顔からこぼれる微笑みと、口から漏れ出る言葉は全て本物。


 賛辞を向けられたウェルシェは少しだけ頬を染め、それを隠すように手を当てて小首をかしげた。


「まあ、エーリック殿下はお世辞がお上手ですのね」

「まごう事なき本心です。僕は国一番の果報者だ」

「私ごときで大袈裟ですわ」

「大袈裟ではありませんよ。貴女の前には美しい花達も恥じ入るでしょう」


 いよいよウェルシェは真っ赤になった。


「ですが、それだけに国中の男達からやっかみを受けないか心配になります」

「ふふふ、殿下ったら」


 エーリックが器用に片目を瞑っウィンクして軽口を叩くと、ウェルシェはパッと花が咲くように笑った。


「エーリックです」

「殿下?」

「グロラッハ嬢には名前で……エーリックと呼んで欲しいのです」

「あっ、その……エーリック…様?」


 ウェルシェがもじもじと真っ赤になりながら上目遣いではにかむと、エーリックはグッと胸を押さえた。


 ウェルシェの愛らしさは抱き締めたくなる衝動を掻き立てる。


「では私の事もウェルシェ……と」


 そう言って、自分の言葉に恥ずかしがりウェルシェは両手で覆って顔を隠してしまった。


 ウェルシェの愛らしい姿にエーリックの頭から政略だとか利害だとか全てが吹き飛んだ。


(絶対ウェルシェと結婚する!)

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