第59話 その腹黒、失敗する事もあるんですか?
競技場の真ん中で動きやすいが、可愛らしさもある白い競技服に身を包むウェルシェは誰もが見惚れる美少女だ。
競技に邪魔にならないようにと、いつも下ろしている髪をポニーテールに纏めているのがまた愛らしい。
普段ならウェルシェは愛想よく笑顔を振りまいて、己の美貌で周囲の人間を魅了しまくる。ところが、どうした事か今はどうにも表情が硬い。
ウェルシェは珍しく緊張していた。
無意識に
――
『
競技開始のカウントダウンが始まった。
魔杖を握るウェルシェの手に汗が滲む。
『……6…‥5……』
(ちっ!)
心の中で舌打ちして、ウェルシェは素早くオリジナル腹黒魔術を発動させた。手の温度をほんの少しだけ下げ強引に汗を引かせるためだ。
(情け無い……たかだか子供のお遊戯で!)
自分の醜態にウェルシェは動揺していた。
『…‥4…‥3……』
こんな経験は初めてだ。
(どうして……)
なぜ緊張してしまうのか分からずウェルシェは戸惑う。
この二回戦でもウェルシェは一本目を再びパーフェクトゲームで先取。だが、二本目は僅差で奪われてしまった。
そして、一対一で迎えた三本目。
先行の対戦相手は
だが、味方への誤射はマイナス2ポイントで敵人形標的を二つ外したに等しい。しかも、同点も場合は味方人形標的への誤射数の多い方が負けとなる。
つまり、ウェルシェは味方への誤射さえしなければ、二つまで敵人形標的を外してもよいのだ。
接戦の中、俄然ウェルシェに有利な状況で勝負を決する大切なゲームを開始するところである。だから、常人なら緊張するのが当たり前のシチュエーション。
だけど……
(別に負けたっていいのに)
将来が既に約束されているウェルシェにとって、剣魔祭での成績にこだわる理由などない。青春をかけて試合に臨んでいる他の生徒とは違うのだ。
それなのに、なぜか緊張してしまっている。どうにも自分の感情をコントロールできない。
『……1……ピーッ!』
ガコンッ!
答えが出ないまま開始のホイッスルが無情に鳴らされた。
考え込んでいたウェルシェは反応が遅れ、放った白銀の
「ちっ!」
思わず舌打ちが漏れ出る。
本当にあり得ない醜態だ。
(とにかく今は目の前に集中!)
試合に負けるのは構わないが、無様を晒すのはいただけない。気を取り直してウェルシェは次々と飛び出す標的へ向けて魔杖を振るった。
ウェルシェの放つ魔弾は標的に吸い込まれるように当たっていき、
(ふぅ……これなら勝てそうね)
もう少しで勝てるかも、その考えが頭をよぎった時、ウェルシェに勝利への欲が出てしまった。
欲とは執着。
終盤に差し掛かり、見えてきた勝利の像がウェルシェを捕らえた。
それが心の隙となった。
「あっ!?」
標的を外してしまったのだ。
(大丈夫、落ち着いて……まだいけるわ)
残すところ後僅かである。
残り全てをノーミスで終えれば勝てる。だから切り替えていこうと即座に気持ちを立て直す。
その状況判断に間違いはない。
だが、ウェルシェは気がついていなかった。
もともと勝負に価値を見出しておらず、試合の勝敗などどうでもいいと思っていたはずなのに……今、ウェルシェは勝とうと足掻いている。
彼女はそんな自分のちょっとした心の変化に気がつかない。
そして、そのままゲームは進み、勝敗を決める最後の標的が――
ガコンッ!
ガコンッ!
ガコンッ!
――右に二つ、左に一つ飛び出した。
それは
ウェルシェは迷う事なく
バシッ!
バシッ!
狙い違わず白銀の
勝った!
勝利を確信したウェルシェが右手を見て愕然とした。
「えっ?」
そこには魔弾に砕かれた標的と無傷の敵人形標的が佇んでいた。
「あっ!」
その時になってウェルシェは勘違いに気がついた。
(しまった!)
そう……三つ全てが敵人形標的だったのだ。
一回戦と同じ配置だったために、一つは味方人形標的と思い込んでしまったウェルシェの痛恨のミス。
慌てて
「う……そ……」
普段なら絶対にしない失敗。
その失態を受け入れられずウェルシェは頭が真っ白になった。
『勝者、ローラ・ロンベルク!』
対戦相手の勝利宣言をする主審のアナウンスが流れる。
この時になって呆然としていたウェルシェは、自分が負けたのだとやっと自覚したのだった……
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