第19話 この腹黒令嬢、やりすぎじゃないですか?

「うふふ、なかなか良い拾い物だったわ」


 レーキやジョウジを始め、オーウェンの不興を買った優秀な者達を傘下に収めたウェルシェはホクホクだ。


「レーキ様は学園きっての秀才だし、ジョウジ様はあのシキン伯爵家の嫡男よ。他のメンツも優良物件揃いだったわ。味方につけて百利あって一害無しよ」

「ホントにそうそうたる顔ぶれですね」


 よくもまあ集めたものだとカミラは感心した。


「オーウェン殿下には手中にある本物の宝がわからなかったのですね」


 だが、それは同時に次期国王オーウェンが優秀な頭脳を見抜けなかった事に他ならない。


「特にシキン伯爵家を冷遇するなどオーウェン殿下の正気を疑います」


 シキン伯爵家は『貴族の良心』と呼ばれるほど王家に忠節を尽くし、貴族の矜持と義務に真摯な一族なのである。


 シキン伯爵は誠実である一点において政敵でさえ認めざる得ない。ゆえに伯爵家でありながら発言の影響力は大きい。


 その嫡男を遠ざけられたとなれば、オーウェン殿下は後ろ暗いところがあると公言しているようなものである。事実、彼は浮気の真っ最中なのだ。


「オーウェン殿下だけではないけどね」


 現在、学園でレーキやジョウジは生徒達から敬遠されている。オーウェン殿下の不興を買いたくないからだろう。


「困っている時こそ恩は最大高値で売れるのよ」


 もっともウェルシェからすれば何とも美味しい状況だが。


「……そんな腹黒な発想できる令嬢はお嬢様だけです」

「まあ普通なら、王子と伯爵令息のどちらに味方するかと問われれば王子に傾くのは分からなくもないけど」


 彼らはまだ若く未熟だ。目先の権力にしか目が行かずシキン家が伯爵だからと侮り、彼らの持つ周囲への影響力が分かっていない。


「ですが、シキン伯爵家が絡むとなるとオーウェン殿下の立太子も危ぶまれます」

「殿下はジョウジ様を側につけた王妃様や陛下の意図をまったく理解していないのね」


 貴族の良心を側近にする事でオーウェンの立太子を盤石にしようとした親心を踏み躙る行為だ。


「いっそエーリック殿下が即位なさる後押しをされて、お嬢様が王妃になっても良いのではありませんか?」

「それじゃグロラッハ家の陞爵の話が流れるじゃない」


 この婚約によるグロラッハ家の公爵への陞爵は、エーリックが当主になるのが絶対条件である。


「ですが、王妃になれば公爵への栄達よりもグロラッハ家への恩恵が大きくないです?」

「何を言っているの。王妃になれば国母として国全体を考えねばならないわ。グロラッハ領だけを優遇するわけにはいかなくなるでしょ」

「ふーん」


 もっともらしく言い訳するウェルシェに疑いの目を向けるカミラ。


「それで本音は?」

「いやぁよ王妃なんてメンド臭い!」


 ウェルシェは腹黒だが、それは諧謔ユーモアであり領民思いの根は善性な令嬢だ。だが、自己犠牲の精神が旺盛なわけではない。


王妃オルメリア様のご苦労を目の当たりにしたら、あんなの率先してなりたいって思えないわよ」

「王妃をあんなのって……まあ、オルメリア様が可哀想なくらい気苦労の絶えないお方なのには同意しますが」


 側妃エレオノーラと第二王子エーリックに気を使い、自分の息子オーウェンの後継問題に波風を立てぬよう八方手を尽くしたのはオルメリアである。


 その甲斐あって今の今まで順調であった……のだが、その平穏を壊す者が現れた。


 当の愚息オーウェンである。


 オルメリアは彼の為に頑張ってきたのに、恩恵を受けていた当人にちゃぶ台をひっくり返されたのだ。


 まったく涙が出そうな珍事である。

 王妃の苦労も偲ばれると言うもの。


「私は公爵夫人くらいで好き勝手やってる方が楽でいいわ」

「私としましては是非お嬢様には王妃を目指して欲しいものです」

「どうしてよ?」

「お嬢様を野放しにしたら、周囲の者が苦労するからです」

「酷ッ!?」


 つまりカミラとしてはウェルシェに王妃と言う首輪を付けたいのだ。


「ねぇ、私はカミラの主人よね?」

「はい」

「あなたは私の侍女よね?」

「はい、いつもお嬢様の腹黒イタズラの準備から後始末まで苦労させられている侍女にございます」

「ぐっ、悪かったわね」


 いつも好き勝手できるのも有能な侍女カミラあってのこと。ゆえに、この侍女に苦労を掛けてる自覚のあるウェルシェは速攻で白旗を挙げた。


「それでどう対処されるおつもりで?」

「王妃様が主催されるお茶会でオーウェン殿下の行状を暴露してやるのよ」


 ふっふっふっとウェルシェは黒い笑みを浮かべる。


「この際だからケヴィン様だけではなく殿下にも痛い目を見てもらいましょ」


 王妃オルメリアの有能っぷりはウェルシェの耳にも届いていた。間違いなくオーウェンは叱責を食らうだろうとウェルシェは確信している。


「少しは反省してもらわないと国民が不幸だわ」

「へぇ……」


 感心したような声を漏らしたカミラであるが、これっぽっちも信じてなさそうに胡乱げな視線を主人に向けた。


「で、その心は?」


 ウェルシェはグッと拳を握って突き上げた。


「これを機に王家から絞れるだけ絞り取ってやるのよ!」

「やっぱり!」


 予想通りとカミラは天井を仰いだ。やはり、どこまでいってもウェルシェはウェルシェなのだ。


「大丈夫ですか? 下手をすればオーウェン殿下だけではなく王妃様まで敵に回しかねませんが」

「王妃様は賢明な方らしいから大丈夫よ」


 カミラの心配などウェルシェにとってどこ吹く風。


「それに、もし王妃様がオーウェン殿下を庇うような愚かな真似をするなら、陛下まで巻き込んで絞り取るものが増えるだけだし」


 自信満々なウェルシェの態度にカミラはボソリと呟いた。


「……私は王妃様が憐れでなりません」

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