第9話 その国の未来、本当に大丈夫ですか?

「まるでミツバチですわね」


 オーウェン達を見ていると、女王蜂とそれを囲う働かぬオス蜂を連想してしまい、ウェルシェはげんなりした。


 ミツバチのように彼らもいつか交尾を終えて役目を完遂したら、巣から捨てられてしまうのではないか――そんな想像にウェルシェはぞっとした。


「淡い桜色の髪はスリズィエを思い起こさせるものではありますけれど……」


 ピンク色の5枚の花びらが可愛らしいスリズィエの木を呼び名に冠する少女――アイリス・カオロ。


 ウェルシェにはアイリスが得体の知れない化け物のように思えてきた。少なくとも彼らが思うような聖女では決してないだろう。


 本当に彼女が聖女の如き人物なら、男性だけしかも見目の良い者限定で交流を持つ真似をするはずがないからだ。


「あんなバッタもん聖女の何が良いんですの?」


 ここにカミラがいればバッタもんにはバッタもんを知る嗅覚があるのですねとでも言いそうだ。


「普段おっとりしてるのにウェルシェも言うわねぇ」

「だってイーリヤ様やキャロルの方が圧倒的に素敵だと思いますわ」

「ふふ、ありがとう」


 屈託なく笑うキャロルは本当に可愛いとウェルシェは思う。こんな素敵な婚約者を蔑ろにしているクラインは何を考えているのか。


 客観的な美的外見はアイリスの方が優っているのは認める。だが、どす黒くおぞましい何かが内から這い出してきそうでウェルシェは彼女を好きになれない。


 ここにカミラがいれば苦笑いして同族嫌悪ですか?と言いそうだが。


「でも、もう良いの」


 珍しく琥珀色の瞳に翳りが見えた。


婚約者クラインの事は吹っ切れたわ」

「キャロル……」


 ウェルシェはいつも明るいキャロルが好きだ。だから、彼女の眼差しを曇らせるクラインに腹が立った。


「実は、もう彼との婚約の解消が決まっているのよ」

「うそっ!?」

「まだクラインは知らないと思うけど……既に家同士の話し合いがついているの」


 どうやらキーノン伯爵も息子の振る舞いにおかんむりなのだそうだ。キーノン家は武功で出世した騎士の家柄で、伯爵はとても実直な人物らしいのでなおさらであろう。


「あいつには幼馴染の情もあったけど、今回の件でさすがに愛想が尽きたわ」

「ご自分にとって本当に大切なものが見えていないのですね」


 ウェルシェの一学年上であるからクラインは16歳のはずだ。まだ年若く未熟なのだと言えばそうであろう。


 だが、彼は国王候補のオーウェンの側近だ。これから大きな責任を負う立場になるのだから、貴族の義務を疎かにするのは半人前だからと許されない。


 それはアイリスを囲んでいるオーウェンや他の側近達にも同じ事が言える。いったい彼らはどう責任を果たしていくのだろう。理屈に合わない彼らの行動がウェルシェには不思議でならなかった。


「キャロルにはもっと相応しい殿方が現れますわ」

「ふふふ、期待して待っておくわ」


 ウェルシェは親友を励まし、それに応えてキャロルは笑う。


 だが、その笑顔はどこか寂しく、強がっていてもキャロルは傷ついているのだとウェルシェは悟った。


 ふと、窓の外から笑い声が流れてきた。


 見れば男達がみな笑顔をアイリスへ向けている。清らかそう・・な美少女を美男子が取り囲む。それはとても絵になる朗らかな光景であった。


 何も知らない画家が見たなら筆を取りたくなっただろう。

 だが、その裏では彼らの婚約者が枕を濡らしているのだ。


「呑気なものですわね」

「彼らにとって今の幸福が全てなのよ」

「後悔先に立たず、転ばぬ先の杖ですわ」


 彼らは自分達の婚約者を蔑ろにしており、必ずそのツケを払わなばならなくなる。先の見えない愚者達が後悔する未来を憂いてウェルシェは軽い眩暈を覚えた。


「オーウェン殿下ご自身に先見の明が無くとも賢臣を傍に置き、良く耳を傾けていただければ問題はないのですけれども」

「聞く耳を持たないからこそ、口喧くちやかましい側近を遠ざけたんだもの。それは無理じゃない?」

「いつかしっぺ返しで痛い目を見られるのでしょうけれど……巻き込まれる人達はたまったものではありませんわね」


 オーウェンは次期国王であり、その側近達は将来この国の高位に就く人材である。彼らのツケは国中の臣民にまで被害が及ぶのだ。


 今のところ見目麗しい彼らの談笑する姿はのどかで平和な印象を受ける。


 だが、その未来を思うとウェルシェには数千、数万の、あるいはそれよりも遥かに大勢の者達の慟哭が聞こえてくるようだった……

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