第18話 祝・収益化です!
『ご報告』
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オレと美坂がうちの床に正座をして話した、チャンネル名の変更を伝えるその動画は、概ね視聴者に好意的に受け入れてもらえていた。
そして──。
「祝! 収益化! おめでとうございます! ってことで、かんぱ~~~い!」
チャンネルの収益化も無事通ったオレたちは、二度目の打ち上げを行っていた。
「いや~、よかったですよ! チャンネル名の変更も無事受け入れられて! 一種の賭けでしたからね! 炎上するか、コンテンツが拡大するかの!」
彼女が出来てからどんどん垢抜けていく河原くんが、目尻をキュ~っと下げて嬉しそうに缶ビールを飲み干す。
以前は根暗な青年という印象しかなかった彼だが、今ではもうメンズアイドルと言われても違和感ないほどにキラキラと輝いている。
「客観的に見て、どうしても前まではヤラセっぽく感じちゃう部分があったからな」
たとえば。
拾った瞬間の証拠もなかったし、個体番号も削り取られてた。
しかも、おっさんが一人でやってるって
「ってことで、ちょうどよかったんじゃないか? どういう経緯で動画を撮影するようになったかってのを、このタイミングで正直に伝えたのは」
「そうですね。私も猫動画よく見るんですけど、結局見続けるかどうかは、その飼い主さんに好感が持てるかどうかってとこになってきますからね。私達も、視聴者の方に好きになってもらえるように頑張らないと!」
そう言って、ビールをグイとあおる美坂。
おいおい、今日は二人ともペースが早いが大丈夫か?
「にしても、驚きましたよ! たしかにあの時、帰った美坂さんを追うように言ったのはボクなんですけど、まさかあんな短時間で発展しちゃうとは……」
「いや~、それは……なぁ?」
「あはは……うん、まぁ、ほら……ねぇ?」
「はいはい、何があったかを突っ込んで聞くようなヤボな真似はしませんよ。ただ、ボクというキューピットがいたことを忘れずにいてくれて、たまに感謝の贈り物なんかを送ってもらうくらいの気持ちを持っていてくれたら、それでいいですから」
「なにげに図々しいよね、河原くん」
「当然ですッ! この世は自己主張しないと埋もれていく一方ですからね! 大体、美坂さんも須々木さんも、周りに気を遣いすぎなんです! もっと自分のしたいことをして生きた方がいいと思いますよ! 年下からのアドバイスです!」
「……まったく耳が痛いな。ってことで、オレの今一番したいことは……」
今日もいつも通り定位置にいるボニーを撫で回す。
『にゃにゃにゃ! 急にびっくりしたにゃ! もっと優しくなでてほしいにゃ~! >ω<』
「あはは! 須々木さん、ほんとにボニーちゃん大好きになりましたよね! 最初はあんなに『捨てる』って言い張ってたのに」
「んあ~、言ってたか? そんなこと」
「あ~、しらんぷりですかぁ? まったく……でも、そういうオトボケをする須々木さんも、可愛いですよ」
「ちょ~っと! ストップ! おのろけストップです! そういうのはボクが隣の部屋に戻ってからおっぱじめやがってください!」
いかんいかん、さすがに恥ずかしいぞ、美坂。
ということで、話題を変えてみる。
「……にしても美味いな! この寿司!」
「……で、ですねっ! 私も久しぶりに食べました!」
しら~っとした目でオレたちを見つめる河原。
「ま、いいですけどね。ボクには愛するファニーちゃんがいますし」
「そういやファニーちゃんも動画に出てくれたもんな。ありがとな。彼女、あれからどうしてるって?」
「どうもこうも、地元でちゃんとやってるみたいですよ」
「遠距離かぁ~、大変だろうに偉いよね~。よ~し、頑張ってる河原くんに、お姉さんがよしよししてあげよう~」
「ちょ……! 子供扱いしないでください! っていうか、それよりも……」
つやつやストレートな前髪をよしよしされながら、河原が真剣な表情で聞いてくる。
「どうだったんですか、会社? 報告したんですよね、この動画収入のこと」
「ああ、今日してきた。美坂と一緒に」
「へ~、驚かれませんでした?」
「あ~、驚かれたかな」
「社内がずっとざわついてましたもんね、今日一日」
「同僚からも質問攻めだよ」
「私もです……ちなみに一番多かった質問は『どこがいいの?』でした」
「オレは『くっそ~! 狙ってたのにぃ~!』ってのが多かったな」
「ふ~ん、意外なダークホースがかっさらっていったって感じなんでしょうね」
河原はそう言って本日二個目のイカをぱくり。
「なんにせよ、これで心配事はなにもなくなったってことですよね。収益化成功。副業も認められて、フリマアプリで充電器も買えた。警察からも持ち主が見つかったって連絡もないから、ボニーはもうほぼボクたちのものです。チャンネルの運営も順調。須々木さんが建て替えてた経費も回収完了。チャンネル名も変更して、コンテンツがボニーだけじゃなく、お二人の今後の人生まで含めたものに広がりました。そうした結果、一ヶ月前までは発泡酒とスルメだったこの打ち上げも、こうしてビールと寿司になりました……よっと」
三個目のイカをぱくり。
「そうだなぁ……順調、だよなぁ」
怖いくらいに。
ちゃぶ台の下で、美坂がオレの手を握ってくる。
「全部、こいつが来てから始まったことなんだよな」
ぽんっ。
ボニーのお尻を軽く叩く。
『にゃっ♪』
前はいつバッテリーが切れるかとハラハラしてたが、今はボニーも充電ステーションでほかほかと美味しい電気をこころゆくまで堪能している。
「そろそろ受けるか、メディア取材も。話を盛れるだけのエピソードも溜まったことだし。それから……製造会社からも連絡きてるんだっけ?」
「あ、はい。調査させてほしいって。なんでもプログラムにない言葉を話してるからおかしいとかなんとか……」
「う~ん、調査はいやだなぁ。もし『不良品なんでこのまま回収します』なんて言われた日には……」
「うぉぉぉぉ! ボニー殿ぉ! 拙者、ボニー殿を失ったら、これからどうやって生きていけばいいのか……!」
「こら、河原くん、またござる口調に戻ってるよ!」
『んにゃにゃ~! 暑苦しいにゃ~! 離れてにゃぁぁぁぁぁ! *д*』
この一ヶ月ですっかり見慣れた、オレたち三人のいつもの風景。
今のオレたちの「普通」。
こんな日が、ずっと続けばいいのに。
そう思いながら、オレはガリをつまみにビールをグイと流し込んだ。
その夜。
酔っ払ったみんなが部屋で寝静まった中、チャンネルに一件のメッセージが送られてきた。
そこには、こう書かれていた。
『私が、ボニーの元の持ち主です』
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