【書籍化】あの日助けた幼い兄妹が、怒濤の勢いで恩返ししてきます

新高

第1話




 本日は晴天なり、で絶好のお見合日和。

 少しだけ年下だけど、という話を聞いてはいたが「少しだけ」どころでは無い。まさかの未成年。うっそでしょ、と飛び出そうになった言葉をどうにか飲み込みひとまず会話を始めれば思いのほか楽しかった。

 が、その後もたらされた衝撃の事実に、レナ・シュナイダーは堪らず叫んだ。


「――貴族こわっ!!」





 レナ・シュナイダーは国内でも人気の若きドレス職人である。

 彼女の手がけるデザインはとても人気で、王侯貴族から庶民にまで高い人気を誇る。そんな彼女を特に贔屓にしているのはアネッテ・フォン・ベルガー伯爵夫人だ。レナが仕事を始めた時から今日までずっと、とにかく可愛がってもらっている。

 そんな彼女から「貴女にどうしても逢わせたい人がいるの」と言われたのは半月程前。えええ、とどうにか断ろうとするも「とても良い人よ」「きっと気に入るわ」「少しだけ年下だけど、年下の男を自分好みに育てるのも楽しいわよ」などと怒濤の勢いで押し切られた。

 たとえどれだけ付き合いが長く、そして親しくさせてもらっているとしても相手は客。さらにはお貴族様ときてはもうレナが断る事はできない。

 せめて夫人の面子を潰さぬように、そしてもし万が一、本当に「良い人」であったなら、これからの自分の仕事もさらに飛躍できるかもしれない。

 そんな打算を持ってのぞんだのが神の不興でも買ったのか、レナは茶会の席に着く前に不様にすっ転んでしまった。


「お怪我は?」


 転んだレナを助け起こしただけでなく、わざわざ椅子を引いて座らせてくれたのは本日の見合いの相手であるエリアス・フォン・アインツホルン伯爵令息。

 黒く滑らかな髪を風にそよがせ、伏せていた瞳をあげれば透き通る様な青い瞳。筋の通った鼻、その下にある唇、それらを内包する輪郭まで美しくまるで美の彫像の様だ。


 そんな彼の美しさは顔かたちだけでなく、声までも美しい。小鳥が歌うような、まるで少女の様な透き通る声――


 そう、まだ声変わり前の、どう見たって「少しだけ年下」の域を越えている。そんな彼の名乗りがレナに二重で驚きを与え、膝から力が抜けて転んでしまったのだ。


「ええと……アインツホルン卿……」


 年齢的には名前で呼びたいくらいだが、それでも相手は伯爵家。建国以来続く名家だ。それに見合いとして来ているのだから、ギリギリとはいえ成人している、と思いたい。この国では十六歳から一応の成人扱いを受ける。

 だとしても現在二十歳のレナからすれば四つも下であり、一応成人とはいえ二十代と十代での四つ差は大きい。


「エリアスと呼んでください」


 呼べるか、と喉から飛び出そうになった言葉は呼吸と共に呑み込んだ。レナは乾いた笑みを貼り付かせながら「それでは私のこともどうぞレナと」と返す。初手で不様すぎる姿を見せたのだ、今更取り繕った所で無駄である。

 そう腹を括ったからか、レナはこの数年で貴族相手に培った話術で場を盛り上げた。いや、これにはエリアスの功も大きく、彼はとても話を聞くのが上手い。レナの話を良く聞き、小さな話題も拾ってはそこから広げてくれる。頭の回転の速さがそれだけで分かり、レナは段々とこの場を楽しみ始めた。


 それでも気になる点は増えこそすれ減る事は無い。時々エリアスが言い淀むのは「ぼ……」という一言だ。その後に必ず「私」と口にするので、ああこれは普段の口調は「僕」であり、今は無理矢理大人びた口調でいるのだと察してしまう。

 かわいそうに、彼は彼できっと無理矢理この場に呼ばれたのだろう。自分と同じで詳しく聞かされていないのかもしれない。もっとも、レナは聞かされていないというよりかは、自ら聞こうとはしなかったわけであるが。

 なんにせよ、これ程までに聡明であり庶民のレナに対しても優しく穏やかに接し、そして美しい青年、もとい少年にこれ以上自分の相手をさせるのは申し分けなさすぎる。


「エリアス様、今日はありがとうございました。お話できてとても楽しかったです」

「……私もです」


 また「僕」と言いそうになったのだろう、一瞬の間ができるがそれ以外はエリアスの本心である様だ。浮かべた笑みが初めて年相応の幼さを見せ、レナの中の母性なのか人としての庇護欲なのか、とにかくそんな感情がぶわっと湧き上がる。が、それと同時にこれはもしや想定していたよりも若いのではないか、という疑惑も一気にレナを襲った。


「レナ嬢?」

「あの……エリアス様、ひとつお尋ねしてよろしいです?」

「なんでしょう?」

「大変失礼ながら……今、お幾つで……?」

「じゅうご……、ななです! 十七、に、なったばかりの若輩者ですみません」


 じゅうご! 十五って言った!! まさかの十五! 未成年ーっっっ!!


 ぎょっと目を見張った後、慌てて笑みを貼り付かせるが聡明な彼にはレナの動揺が伝わったらしい。気の毒なほどに肩を窄ませ「すみません」と何度も口にする。


「貴女の貴重な時間を、僕なんかに使わせてしまって……」

「それはこちらの台詞です! エリアス様どうか顔をあげてください」


 シュン、と項垂れた姿は紛うこと無く十五歳の少年の姿だ。王族やそれに連なる家系であるならば、繋がりを求めて幼い頃から婚約者がいたりもするのだろうが、そうでなければこうして外で見合いをして婚約者を探すとなると十五歳は若い。アインツホルン家が長く続く家柄であるとしても、わざわざこうして外で見合いをする必要はないはずだ。


「謝罪をしなければいけないのは私の方です。アネッテ伯爵夫人がきっとご無理を言ったのでしょう?」


 え、とエリアスが顔を上げる。


「私がずっと独り身でいるのを心配してくださっているんです。これまでも何度かそういうお話をいただいてはいたんですが……今回は私も断れなくて」

「いえ、僕は」

「あ、でも夫人は基本良い方なんですよ? ってああ駄目だ基本とか言っちゃ失礼ですね、アネッテ夫人はちょっとお節介な所もあるけれど、朗らかで優しい方なんです」

「はい……それは、僕もそう思います」


 それでもやはり貴族としての強引というか、凄みを感じる所はあるけれども今はエリアスの同意を得られたのでレナは良しとする。


「エリアス様は今日の様な席は初めてですか? 私は初めてだったんですけど」

「僕も初めてでした。だから、という言い訳にしかなりませんが、上手に振る舞えなくてすみません」

「おっとそれなら私の方がひどいですからね、なにしろ初っぱなで転びましたから」


 それは、とエリアスは口を開きかけたが、レナは茶目っ気たっぷりの笑顔で制す。


「そんな私を笑うでもなく、呆れるでもなく、見事な対応をしてくださったのはエリアス様です。あれ以上の紳士な振る舞いは見たことないですね! 少なくとも私は!」


 そう力説すれば、エリアスは少しばかりほっとしたような表情を浮かべた。


「こんなとんでもない者に対してでもエリアス様は素晴らしい対応をされていましたから、どうぞこれからは自信を持ってくださいね。次にお見合いの席が設けられた時はバッチリですよ!」


 次に、と言うことは今回は残念ながらという話だ。エリアスもそれを理解したのか少しばかり寂しげに笑みを浮かべる。


「そうですね……僕ではあまりにもふさわしくない」

「え、いや違いますよ? 相応しくないのは私の方で」


 まさかそう返されるとは思ってもみなかった。レナは慌てて訂正するが、エリアスは首を横に振る。


「貴女はとても素敵な方です。だから、やはり僕のような人間とはこれ以上関わらない方が良いと思います」


 気を遣わせている、にしてはエリアスの醸し出す空気が重い。悲しみに溢れ、しかしどこか諦めてもいる。こうなるより他に無い、と無理矢理自分を納得させている姿にレナは慌てて口を開く。


「あの、エリアス様違いますからね? 相応しくないのは私なんです。年が上過ぎると言うのももちろんなんですが、それ以上に……あの、私の話はご存知ですか?」


 思い出すだに恥ずかしい。しかしエリアスをこのままにしておくのは申し分けなさすぎる。

「すみません……この年まで、ほとんど社交の場に出たことがないので……」

「いえいえいえ! むしろお耳を汚してなくて良かったです! まあ……今から直接そうしてしまうわけなんですが」


 はは、とどうしたって引き攣った笑みが出てしまう。レナは三回ほど呼吸を繰り返すとできるだけ平静を装って話し始めた。


「実は私、婚約破棄をされた事がありまして――」


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