20
柚子の話を聞き終わった頃に湊と零士が戻って来た。
「重いっ!こんなに買う必要あんのかよー」
「文句言うな」
言い合いながらリビングに入ってきたふたりは凄い荷物だった。
「どんだけ買ったのよ」
と呆れ顔の柚子にペットボトルの紅茶を投げた。
「あっ!もうっ投げなくたっていいじゃん」
ちょっと膨れてみせた柚子がなんだか可笑しくて芽依は笑い出した。それにつられて煌太も笑う。
「今、笑った?」
「笑った」
「なんか柚子のそんな姿、初めて見るから」
と、あははっと笑うふたりに面白くない柚子。
「もうっ!」
と、そっぽを向いてしまった。
「はいはい。もう膨れない」
柚子に対するその行動は、恋人というより兄に近いものがあった。本人たちはそれが分かってないようだけど。
「ハラ減ったなぁ」
とスマホを取り出す零士に柚子が言った。
「今日、木曜日だよ」
「あ……。兄貴、休みじゃねぇや」
その言葉に「やっぱり」と言う柚子。
零士は祐士を呼ぼうとしていたらしい。
「曜日の感覚もねぇや」
「なんでだよ」
呆れる湊が勝手にキッチンへ向かった。
「柚子。ちょっとこれ刻んでな」
と、柚子を呼んだ。
ハラ減ったと言うだろうと、さっき湊は何やら食材を買い込んできていたのだ。
「なに作るの?」
「野菜、食わす」
「はぁ!?」
大声を出した零士にふたりは驚いてる。
驚かないのは柚子と湊。零士の野菜嫌いを熟知していた。
湊の隣で細かく野菜を刻んでいく柚子。本当に細かく。
その隣でパスタを茹でる湊。
実はこのふたり、料理が得意だったりする。
「お兄ちゃん、それはどうするの?」
「これか?」
手に取ったのは茄子だった。
「零士が一番嫌いなやつ」
と悪戯っぽく言い放つ。
「ちょい、待って!なんでナス!」
と大騒ぎ。
「野菜、嫌いなんですか?」
と、煌太は聞いてきた。
「嫌い。特にナス!」
そう答えた零士は子供っぽくて、煌太たちが知ってるあのステージ上の零士とは違っていて、目の前にいるこの人は本当にあのREIJIなのかと疑問に思う。
だけど、目の前にいるこの人は紛れもないあのREIJIだ。
「ほら」
と、目の前に置かれたのは野菜を細かく刻んだソースがかかってるパスタだった。
「こんなに細かくする必要ある?」
と、嫌そうな顔をする。
「その偏食、何とかしろよ」
呆れてる湊を「無理」と言って湊が作ったパスタを平らげる。
「食ってるし」
「野菜、嫌い」
「食っといて言うか」
ふたりが笑ってる。
「不思議でしょ」
煌太と芽依に言う柚子。
「ほんと、ごめんね」
「またそうやって……」
「でもま、仕方ないことだよなぁ。これがバレたら大騒ぎどころじゃないだろ」
煌太のセリフに零士が振り返る。
「そうなんだよ、ほんと。こっちはそんなつもりはないんだけどなぁ。何も変わらない。普通の人間なんだけど」
「お前が芸能人やってるから普通じゃないんだよ!」
湊はそう叫んだ。
「湊、うるさい」
しかめっ面をした零士に呆れる。
本当に分かってるのかというように。
「芽依、煌太。本当に誰にも言うなよ。親にも」
湊はふたりにそう言った。
「分かってるよ、兄ちゃん」
煌太はそう言った。
昔っから煌太は湊を兄ちゃんと呼ぶ。芽依もそう呼んでいたけどいつの間にか「湊さん」に変わっていた。
「じゃ、帰るぞ」
湊がそう言うと、「え」と零士が呟いた。
そして柚子の腕を掴み、湊を見た。
「連れて帰るの?」
「柚子は明日、学校だ」
「……今日、何曜日?」
「木曜日!」
「……やっぱ、曜日の感覚ねぇ」
頭を掻く零士は柚子を見ていた。
「やっぱ、ダメか?」
「ダメに決まってんだろ!」
横から口出す湊に「お前に言ってねぇ」と返す。
だけど、湊は零士を睨んでいた。
「お前、明日仕事は?」
「一日オフ」
「お前の都合で柚子を困らせるな」
それを言われて「はぁ」とため息を吐いた。
「ほら、行くぞ」
湊は芽依と煌太を連れてさっさと玄関へと向かった。その後について行こうと柚子も荷物を持つけど、後ろから零士に抱きしめられた。
「ちょっ……、零士さんっ!」
「また連絡するから」
耳元で聞こえる声がくすぐったい。
「零士さん……、またね」
身体が離れる瞬間、軽く唇が触れた。
「柚子ー!」
玄関から湊の声が聞こえる。それを聞いて零士は柚子の背中を押した。
第3章 END
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