5
目の前にいたのはBRのボーカリスト、REIJIその人―……。
その場に立ち尽くして動けなくなっていた柚子を湊は座らせた。
「数日ぶりだね」
「えっ……と……、あ……え?」
言葉にならない言葉を出していた柚子を見て湊は笑い出す。面白いものを見たかのように。
「お、お兄ちゃん……?」
「びっくりしたか」
顔を覗き込んで更に笑う。
「高校の時のダチだよ、こいつとは」
「へ?」
「同じ光葉高校。お前の学校の卒業生」
「え?」
思わずREIJIの顔を見る。
「そ。他のメンバーもそうだし、マネージャーもそうなんだ」
「あ、優樹菜、元気か?」
「うるさいよ、優樹菜」
優樹菜というのはマネージャーの名前らしい。
「お兄ちゃん……」
湊に目で訴えるように見る柚子はどうしたらいいのか分からなくなっていた。
「あのライブの後、こいつに会ったんだろ?だからあの場所に戻ってこれた」
こくん……と頷く。
「お前は方向音痴だからなぁ」
「じゃ、私がお兄ちゃんの妹って知って……?」
「知ってたよ。歩いてたら前から柚子ちゃん走ってくるから驚いたよ」
「柚子ちゃん」と呼ばれたことに顔が熱くなる。目の前にいる人はあのステージでキラキラと輝いていたあの人。でも今目の前にいるのはあのステージ上とは違う、優しいお兄ちゃんの友達。
「話したかったんだ。君と」
そう言うREIJI。その現実が理解出来ず思考が追い付かない。
「高校の時、よくうちに来てたんだよ」
「え?」
「柚子は部活と生徒会で忙しかったから会うことはなかったけどな」
「でも帰りにすれ違ってたよ」
「……全然知らなかった」
「だよなぁ」
苦笑するREIJI。
「声かけてなきゃ知らないはずだよ」
「けどなー、いきなり声かけたら怖いだろうが」
「この前は声かけたのに?」
「この前は走ってたから、誰かに追われてるかと」
とREIJIのやり取りが可笑しくて笑い出す柚子にほっとするREIJI。
「やっと笑った」
「あ……」
「改めて自己紹介するね。
柚子に向けられた笑顔が眩しい。よく見るととてもキレイな顔立ちをしていて、夢中になる女の子が多いだろうと思った。
「……柚子です」
キレイな顔に見つめられ恥ずかしくなった柚子は伏せ目がちに名前を言った。
「零士。頼むから妹に手、出すなよ」
そのふたりのやり取りを見てた湊が零士に睨む。零士は湊を見て「それはどうかな」と湊とからかうように笑った。
(笑った顔が子供みたい……)
ソファに片足を上げて座ってる零士が、なんで柚子に会いたかったのかは柚子には分からなくて、どうしたらいいのか分からなくて居心地が悪い。
「零士。今日仕事は?」
「ないから妹に会わせろって言ったんだろうが」
「ねぇーのかよ」
「休み。たまには休まないとやっていけねーよ。なぁ柚子ちゃん」
柚子に笑う。戸惑い微かに笑い返すしかない。
「柚子に同意求めるな」
「あははっ」と笑う零士。
(よく笑う人だ)
零士の笑ってる顔に安心感を覚える。まだちょっと自分の兄の友達だということが信じられないが。
◇◇◇◇◇
昼間っからビールを飲み始めてしまった湊と零士。ふたりはお酒に強いのか、床に何本もビールの缶が転がっている。
「なぁ湊」
ほろ酔い状態の零士は缶ビールを片手に湊を湊を見る。
「バンドに戻ってこいよ」
その言葉に柚子は驚いた。
「やっぱお前いねぇとつまんねぇよ。なんか足りねぇんだよ」
「無理だ」
柚子はふたりのその会話を黙って聞くしかなかった。聞いてると、どうやらBRは元々零士と湊で始めたバンドらしい。
「お兄ちゃん?」
「あぁ、柚子は知らねぇよな」
柚子の方を向くと頭を撫でた。そして立ち上がる。あんなに飲んでるのにすっと立ち上がるから不思議だ。そして寝室のクローゼットを開けるとそこからギターケースを持ち出してきた。
「ギター……?」
柚子の言葉に湊は頷くと、ケースを開く。
「ずっと弾いてない。ただ持ってるだけ」
「メンテナンスもしてねぇの?」
「してない」
「もっと大事にしろよ、それ」
湊のギターに触れる零士。ふたりにとってこのギターは思い入れのあるものなのかもしれない。
「弾けるの?お兄ちゃん」
「ずっと弾いてたんだよ。けど、家では弾いてないからなぁ」
柚子が知らないのも無理はない。柚子の家は特に父親は厳しい。湊もこのギターを隠していたのだろう。
「大学行くから家を出ることを許されたんだよ、俺は」
語り出す湊。黙って聞く零士。
「バンドやるからって言ったら殴られるどころじゃねぇだろうな……」
「お父さんは知ってたの?」
「気付いてたかもしれねぇ……」
ギターをケースにしまい込んだ。そのギターを見つめる湊は、今もまだギターを弾きたいと思っているのかもしれない。
その日はなんでもない話から高校時代の話までふたりで盛り上がっていて、それを柚子はニコニコと笑いながら聞いて過ごしていた。結局柚子はそのまま湊のアパートに泊まることになってしまったくらいだった。
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