第19話

月島side


それから浅井くんと約束しているはずのレッスンの日になると俺の苦痛な日々が訪れた。



美術室で1人、絵を描きながら来ることのない浅井くんを待つ。



小さな音がするたび廊下まで見にいき、そこに誰もいない事を確認すると俺はまた肩を落として一人絵を描く。



あんなに好きだった絵を描くことが次第に苦痛になるほど苦しくて寂しくて、浅井くんのことばかりが頭に浮かび、会えない日々が続けば続くほど浅井くんは次第に俺の心を支配していった。



コンテスト前日



荷物をまとめながら俺は考える。



明日、もしかしたら浅井くんは来ないかもしれない。



まだ、幼くて彷徨っている心を持っている彼の気持ちが読めない俺は、小さなため息を落としながらそんな事を考えた。



しかし、それと同時に浅井くんの絵の実力を知っている俺は教師として、どうかコンテストだけには参加してもらえたらとそう純粋に思っていた。



コンテスト当日



約束の時間になっても浅井くんは来ることはなく諦めた俺が帰ろうとしたその時、浅井くんは何食わぬ顔をして俺の前に現れた。



久しぶりに浅井くんの顔を見ただけで俺の心は満たされていくのが分かり、教師としての罪悪感と佐々木先生への罪悪感が同時に襲いかかる。



相変わらず悪ぶった態度の浅井くんは電車に乗ると、俺を扉側の隅に立たせてその前に自分が立った。



本当ならば保護者であり教師として付いてきている俺が、浅井くんを守らないといけない立場なのに、浅井くんの自然なそんな行動につい、嬉しくなってしまっている自分がいた。



目的地に着き、荷物を部屋に置くため鍵を預かるが俺自身もすっかり忘れていた。



宿泊施設が1部屋の同室であることを。



目の前にいる浅井くんが分かりやすく動揺すると、俺もどんな顔をすればいいのか分からなかったが、そこはあくまでも保護者としてついて来たので冷静な顔を装った。



なのに自分の手が微かに震えている事に気づいたのは部屋の中に入ってからだった。



部屋に荷物を置き、絵を描くため外に出ると自分の描きたい風景を見つけた浅井くんは早速、準備をして鉛筆を走らせる。



俺はその姿を背後から見つめていて、その絵を見ていた俺はこの子は本当に才能の塊だと確信した。



浅井くんの順調な鉛筆の動きに安心した俺は浅井くんに声をかけ、周りの参加者達を見て回った。



みんなとても絵は上手だが正直、浅井くんに敵う子はいないな…と完全に贔屓目で浅井くんを見つめる。



すると、ふと目についたのはとある女子高生。



確かあの子…他校生だというのに佐々木先生と2人で歩いてる姿を俺は何度か目撃した事があった。



佐々木先生は彼女が中学生の頃に家庭教師として教えていた教え子なだけと言っていたけど、俺はどうもあの子の事が気に掛かっていた。



そう思いながらその子の事を見つめていると彼女は俺の顔をみてハッとし、慌てた様子で目を逸らした。



まさか、俺のこと知ってるの?



一方的に俺だけが彼女のことを知っていると思っていたのに、彼女のあの反応は間違いなく彼女も俺のことを知っていて、気まずそうな顔をしている。



なぜ俺の存在を知っているのか…考えられることは一つ…



俺の顔を知っているということは俺の写真が飾ってある佐々木先生の部屋に彼女は出入りしたことがあるのかもしれないということ。



そう思うと俺の心はザクッと痛み、まだ真実が何かも分からないのに泣きたい気持ちになり、まるで心の癒しを求めるかのように気づけば俺は浅井くんの元に戻っていた。



浅井くんの邪魔にならないよう背後に座って、浅井くんが絵を描く姿をただぼんやり眺めてた。



それだけで癒されて心穏やかになり…



まだ子供のくせに大きな浅井くんのその背中が恋しく感じた。



つづく

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