心理テスト【道】

たってぃ/増森海晶

第1話

「そう言えば、君、うちのゼミ生じゃないよね?」

「はい、そうですが」


 昼休みの大学。杉田ゼミ二年生の小西翔こにししょうは、心理学専行の宮城原みやぎはら教授の研究室へ、資料を届けにやってきた。


 まったく。恨みますよ、杉田教授。


 正直、小西は宮城原のことが好きではない。

 が、所属しているゼミの教授から直々に頼まれてしまったのだ。

→【断る】

 なんて難易度の高い選択肢を、わざわざ選ぶ度胸なんてない。


 資料を受け取った宮城原は、ちょうどいいといわんばかりに笑顔で言う。


「ちょっと時間あるかい? 来週やる講義のリハーサルをしたいんだ。アルバイト代も出すよ」

「アルバイト……ですか」

「あぁ、これくらいならどうだろう?」


 まさか講義のリハーサルを、裏でやっているとは思わなかった。

 講義が分かりやすく、飽きさせない工夫のある人気講師。こういった密かな努力も人気の秘訣なのだろう。


「…………」


 小西は少し迷った。良い評判しか聞かない宮城原に対して、シラバスに掲載された写真を見た時から不信感があった。

 始終崩さない笑顔。眼もしっかり笑っている。表情も自然な感じで、無理やり作ったものではない。それなのに小西は、宮城原の目に、ぞっとするものを感じたのだ。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


 だが、報酬に釣られるレベルの好感度好悪だ。


「ありがとう。それじゃあ、ここの席にかけて欲しい。すぐに準備をするから」


 10分後


「今回の講義は軽い心理テストから始めたいと思う。この三枚の【道が描かれたイラスト】の中から、一枚を選んで欲しい。理由は好きでも嫌いでも構わない。君の中で強く印象に残ったものが重要なんだ」


 そう言って宮城原は、手描きらしきA4サイズのイラストを小西の前へ広げてみせた。


「もしかしてこのイラストは、教授が描いたのですか?」

「あぁ、わかるかい。自信作なんだ」

「……そうですね。キレイですね」


 キレイすぎて、人間が描いたのか疑うレベルだった。


 一枚目。

 石畳の道が地平線へと伸びている砂漠のイラストだ。

 上半分は青空が広がって、遠くにピラミッドらしき影が見えた。

 もしかしたらこの道は、ピラミッドへ続く道なのかもしれない。

 あと気になる点は、道のすみにサソリがいる点だろうか。


 二枚目。

 むき出しの地面で出来た狭い田舎道だ。

 道の両脇には金色の麦畑が広がっている。

 豊作だということが一目でわかる程、こうべれた麦畑が、画面の面積の半分以上を占めていて、鳥よけの案山子かかしが大量の麦に溺れているように見えた。案山子の肩に、カラスがとまっているのもなんだか不気味だ。


 三枚目。

 果樹園だろうか。空が見えないほど、リンゴやオレンジらしき果樹かじゅが覆い茂っている。

 奥へと伸びて終点が見えない道は、ろくに整備されず放置されてきたのか、所々ところどころに雑草と木の根が突き出ているのが気になった。

 それになによりも小西の眼をひいたのは、道へと飛び出している枝にヘビが巻き付いている点だ。長い舌を出している蛇は、獲物を見定めるようにこっちを見つめている。


「…………」


 三枚のイラスト見て、小西は選ぶのが嫌になってきた。

 平穏な日常に溶け込んでいる――不穏な存在。

 心理テストだと頭では理解しているが、実際にこの三つの道を歩く場面を想像し、サソリに刺され、カラスに頭をつつかれて、ヘビに首を巻きつけられる自分を想像してしまったのだ。


 これは小西の悪癖であり直観だ。

 友人たちからは「ネガティブ」「神経質」とからかわれてはいるが、おかげで何度かトラブルを切り抜けられたことがあり、彼はおのれの直観に対して、それなりの自負を持っている。


「どうかな、君はどの道を選ぶ?」

「そうですね」


 終始笑顔の宮城原に生理的な嫌悪を覚えた。

 アルバイト代はもういいから、このまま切り上げて帰りたくなった。

 だが万が一でこの男の不興を買い、宮城原経由で杉田教授に苦情が来る可能性を考えると、感情任せに帰ることは得策ではないだろう。


 どのイラストを選びますか?


【砂漠のイラスト】

【麦畑のイラスト】

【果樹園のイラスト】


――そうだ。


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