第六章 ガーベラ
第29話 光に満ちた
「あのぅ」
ガーベラの花だった娘は、胸と下半身を両の手で隠しながら佇んでいる。
それを見かねたマーノリアは、夫のシャツを掛けてあげた。
マーノリアの夫の背丈が高かったため、ガーベラの花の娘の膝あたりまで覆うことができ、ほっと胸を撫でおろしたガーベラの娘はマーノリアに一瞥する。
「んじゃさエミリー、詠唱のポーズは胸の前に手を交差させるっていうのはどうだろう、もちろんコブシはグーで」
自分の魔法に名前が付けられたことで興奮気味なハナは、ガーベラの花に見向きもせず、ポージングを続けた。
「す、すみません……」
突然、人の姿を与えられた理由、この訳の分からない不思議な状況に戸惑い続けるガーベラの娘。
「今すごく大事な事を話しているから、ちょっと待っててね、べっちゃん」
「べっ……ちゃん? それが私の名前……なの?」
「そうだよ、ガー“ベ”ラだから“ベ”っちゃん。良い名前でしょ」
ハナは得意気に言うと、再びポージングを始めた。
「ハナ兄さん、そのポーズだと、なんか女々しくないですか? もっと男らしく両拳とも握りしめ、左手は腰に、右手は天高く突き上げて」
「ちょっと、べっちゃんは、あんあまりにも……」
「ちょっと、静かにしてて下さい、べっちゃんさん、ハナ兄さんの今後に関わる重大な問題です」
「はうっ」
ガーベラの花にとっても、今後を左右する重大な局面であることは確かだった。究極美、神秘、そんな花言葉を冠した絶世の美少女が「べ」の一文字で称されようとしている事実にガーベラの花は危機感を禁じ得ない。
「おやおや、こんな可愛い花の精をほったらかしにするだけじゃなく、一文字で名付けるなんて可哀そうじゃないか」
「おばさま……」
ガーベラの花は、マーノリアの事をこう思う。流石育ての親、この人は私を大切に思ってくれている、この人なら、きっと素敵な名前、相応しい名前を付けてくれる、と。
「おばさま?」
だが、助け舟を出しかけたマーノリアにガーベラの花が発した「おばさま」は悪手だった。ハナやエミリーがマーノリアの事をお姉さん、お姉さまと呼んでいなければ、或いは結果が違っていたのかもしれない。
「二人とも、せめて“ガベ”っちゃんと呼んであげなさい」
「ガベっ……」
おばさまの一言に、眉をピク付かせたマーノリアは一文字追加しただけで、凶悪な字面を作り上げた。
「うわ~ん、わたしにそんな酷い名前を付けるために呼んだんですか~」
大声で泣き出すガーベラの花。
「どうしたの? ガベっちゃん」
「やめて~そんな名前で呼ばないで下さいぃ、うえ~ん」
ハナはガーベラの花の取り乱し方に首を傾げる。
エミリーとマーノリアは、ちょっとやり過ぎたかなと反省し、なだめかけたその時。
「も~ヤダ~かえりたい~うわ~ん」
感情が抑えきれなくなったガーベラの花は、その美しい体から光を放ち始める。
光は徐々に強さを増していき、花屋の店内を光で真っ白に染めていく。ハナ達は気付いていないが、その光は花屋だけでは収まらず、店から溢れ出た光は、路地裏、大通り、やがては街全体を光で覆いつくした。
一方その頃。
ハナの安否が気になり、交易都市イルダが展望できる小高い丘に来ていた長兄ワンと次女のエリナが、ガーベラの娘が放つ光を目の当たりにしていた。
「なんだあの光は……」
ワンが顔を真っ青にして呟いた。
「魔法……ですかね? 光が強すぎて何も見えません」
千里眼の魔法を使ってハナを探していたエリナも不思議そうに首を傾げる。
「魔法……まさかっ、あの光……アルテマか?」
「アルテマ? いくらなんでもありえませんよ、お兄様」
エリナが困惑するのも無理はなかった。
光属性の魔法のなかで最大の破壊力を持つアルテマ。
その破壊力は、拳ほどの大きさで巨大なゴーレムを一撃で葬り去る。
しかし、使用者の魔力を凝縮させるため、一度に放てる大きさには限界がある。大賢者と呼ばれるハナの父親ファザでさえ、人の頭の大きさを超えることは出来ていない。
街を覆いつくすほどのアルテマなぞ、存在しないのだ。
「しかし、あの光、あの魔力、間違いなくアルテマだ」
父親に次ぐ魔力と、魔法の知識に秀でたワンは確信していた。
「だとしたら大変なことですよ、お兄様。イルダの街を数万人の魔法使い達が包囲し、アルテマを詠唱している可能性が高い……こんなの前代未聞です」
「一体、あの街で何が起ころうとしているのだ」
「残念ですが、ハナとエミリーはもう……」
エリナは俯き、ワンは歯を食いしばった。
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