第22話 妖艶
時は少し遡り、ハナが目覚めリリーを追ってニコの研究所を出た後。
国王が居城するアララガ城の展望台に2つの影があった。
「見えたか?」
鼻炎気味の鼻に抜ける声の男、名前はワン。
ツーブロックの黒髪、少し垂れ下がった二重の瞳、薄い唇、高い鼻、尖った耳。
完璧な顔のパーツと190cmの長身に、国の女性の大半が振り返る。
ファザ家の長兄にして、剣星の称号を冠する国内最強の剣士。
「はい、確認しました。ニコからの報告通りの女です(なによあの露出狂わ、お兄様の神聖な瞳に映すわけにはいかないわ)」
金髪カールの長髪、兄に負けず劣らずの美形顔、170cmと女性にしては長身だが細身の体に若干のコンプレックスを持つファザ家の上から6番目に生まれた次女のエリナ。
魔法の才に優れ、多彩な魔法を習得しており、賢者の称号を持つが、稀に心の声を漏らす癖がある。
「呼び捨ては感心しないな、いくら素行が悪いとは言え、ニコもまたお前の兄だぞ」
ワンは、展望台の塀の上で両手を双眼鏡のように構えるエリナを支えながら言った。
「いいえお兄様、私のお兄様は貴方だけです、他に兄などいません(ド畜生の兄弟なんていらないわ、というか男としても終わってるから。その点、お兄様は……はぁ、私の腰に触れる大きくて暖かな手、このまま時が止まればいいのに)」
エリナは、はっきりと返した。
「……まぁ良い。それで、その女、ニコからの連絡ではリリーといったか、魔法効果は確認できるか」
ワンは、やれやれと言った感じで話しを逸らした。
「はい、ニコからの連絡通り、即死魔法の様です、差し向けた兵士が次々に倒れています」
アララガ城と軍師ニコの研究所は城下町を挟んで約20㎞離れている。
エリナは、望遠の能力がある千里眼の魔法を使いリリーを補足していた。
「ですがお兄様、倒れているのは兵士のみ、町の住民は皆無事のようです」
「なるほど、無差別ではないようだな……何かに反応しているのか……兵士達の武器? 魔法? 敵意か‼」
「敵意にだけ反応する即死魔法ですか……流石ですお兄様(私の好意にお兄様は反応してくれるかしら)」
「……それで即死魔法の効果範囲はどれほどだ」
「はい、おおよそ100mでしょうか」
「絶妙な距離だな。銃火器やファイヤーボールでは捕捉し辛い、兵を退かせろ、無駄死には哀れだ」
「承知致しましたお兄様」
エリナは千里眼の魔法を解き、下で待機している兵士達に撤退の合図を送った。
「我らが赴くぞ、つかまれエリナ、振り落とされるなよ」
「はいっお兄様(ああ、お兄様、スキッ)」
ワンはエリナを抱き抱え、高速移動魔法を発動、踝あたりに羽のような幻影を出現させ空気を蹴るように空を駆けた。
✿
「なんで、こんなに兵隊さんが倒れているんだ」
リリーを追い、城下町に出たハナは、その異様な光景に足が竦む。
リリーの通ったであろう道には兵士たちの死体が転がり、状況が掴めない住民達が、恐れ、逃げ惑っている。
「ニコ兄さんの言う通り、リリーちゃんがやったのかな……どうしてこんな酷い事するんだろう、お花さんは皆優しいと思っていたのに……」
不安で泣きそうになるのをハナは必死に堪えた。
「早くリリーちゃんを戻さないと」
自分の魔法が原因でこの悲惨な状況が生まれたのだとしたら……ハナは竦んだ脚を両手で叩くと、再び走り出した。
✿
「この辺りか、降りるぞエリナ」
「はい、お兄様(もっとこうして居たかった)」
リリーを目視できる建物の屋上で降りるワンとエリナ。
「直ぐに終わらせる」
ワンはそう言うと、帯刀していた剣を抜き、剣先を地面に向けて「剣弓」と唱えた。
「はい(出ますわ、お兄様の【剣弓】、魔法で作り出した弓で矢の代わりに魔力を込めた剣を放つ遠距離最強魔法。はぁカッコ良い……けど、剣を飛ばしちゃうから武器がなくなってちょっと慌てるのよね、まぁそこも可愛いのだけれども)」
「エリナよ、武器など飾りに過ぎん」
ワンは真顔でそう言うと、光の弦を引きリリー目掛けて剣を放った。
「悪く思うなリリー、お前が何であれ、脅威から国を守るのが私の使命。せめて一撃で散れ」
放たれたワンの剣は、空気を震わせ、音を置き去りにし、一瞬でリリーに届いた。
「終わったわねあの女、お兄様の剣を避けられるハズない」
エリナは、対象の死を確認するため、千里眼の魔法を発動した。
「はぁ?」
「どうしたエリナ、リリーは消滅したか?」
ワンは、千里眼を覗き間の抜けた声を出したエリナの肩を叩いた。
「……踊っています」
「踊る? 何を言っている、リリーをやったかと聞いたんだ」
「ですから、リリーが踊っているんです。躍りながらお兄様の放った魔法剣を避けました……ヒラリと」
「なんだと‼️」
エリナの言葉に目を凝らしリリーを探すワン。
「楽しいわ、今日はなんて素敵な日なのでしょうか」
地面に突き刺さったワンの剣に触れながら、リリーは優雅に踊っている。
赤い長髪とドレスを靡かせるその姿は、まるで、
「燃え盛る炎のようだ」
ワンは、ため息と一緒にそう言葉を漏らした。
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