第11話 不滅

 ハナが魔法に目覚めるずっと前。

 その道場の庭に咲く千日紅は、憧れの眼差しで見つめていた。

 

 「ヨナ様、お手合わせ願います」

 剣道着を纏う若く爽やかな青年は木剣を持ち、ヨナに深く頭を下げた。

 「少しは強くなったのか? 手加減は出来ないぞ」

 ヨナは清々しいまでの笑顔で、青年の申し出を受ける。

 「有り難き幸せ」

 千日紅が見つめるヨナは、門下生達に慕われていた。

 強さだけが絶対の剣の道、その道においてヨナの剣の強さは国で筆頭、揺るぎない人望を得ていた。

 「ヨナ様の剣技は、まるで風、そよ風の如き静けさと、嵐の様な剛撃、それは見る者を魅了し圧倒するのです」

 ヨナの剣を受けた青年は跪き頭を垂れ、ただただヨナを崇める。

 「ハハハ、大袈裟な。日々の鍛錬こそ神髄ぞ、誰でも辿り着けるさ」

 ヨナは笑って、そう返した。

 「ご謙遜を、ヨナ様の真似など誰も出来ません」

 青年は羨望の眼差しでヨナにひれ伏す。


 千日紅の花は、その光景を目にしていた。

 ヨナの素晴らしい剣技、鍛錬から片時も目を離さなかった。

 ヨナの呼吸、魔法、体の動き、脳裏に焼き付けるように見つめていた。



 その道場の庭に咲く千日紅は、軽蔑の眼差しで見つめていた。


 「そこの女、お前は残れ」

 ヨナは時折、若い女性の門下生を品定めすると、己の人望と権力で凌辱した。

 その家系と力、権力の前では、涙を吞む事だけが許された。

 


 その道場の庭に咲く千日紅は、感謝の眼差しで見つめていた。


 「ここのお花さん達は、みんな綺麗だね。これからも綺麗に咲き続けられるように一生懸命お世話するから、みんな宜しくね」

 千日紅の花にそう語り掛けた若い娘。

 「あの娘は?」

 ヨナが舌なめずりをして、道場の使用人に尋ねた。

 「あれは、近所の花屋の娘です」

 使用人は、庭の花々の手入れが不十分だとフローラに叱られ雇ったと言った。

 「そうか、今日はもう稽古は無しだ。その娘を道場に上げて、お前らは帰れ」

 ヨナは花屋の娘の手を取り、道場の奥に引き入れた。

 娘は拒否したが、道場にはヨナと娘だけ。

 娘は叫び声をあげるが、

 「俺を誰だと思っている。小さな花屋を潰すなぞ剣を振るうより容易いぞ」

 ヨナは娘を見下ろしてそう吐き捨てた。


 事が済むと、花屋の娘は花々の世話を続けた。

 「ごめんね、泣いちゃって。でも、家族の為だもん……それに君達のお世話も頑張らなきゃ」

 

 その娘が花々の世話に来る日は、必ずヨナに呼び出された。

 いつしか娘は痩せ細り、病んで寝込む。

 「絶品だったんだがなぁ、壊れてしまってはしようがない」

 ヨナはそう言って、つまらなそうに庭の花々を木剣で叩いた。

 「次が居ないのなら、こんな庭、壊してしまえ」

 そうして庭に咲く全ての花を切り落とし、母であるフローラに「役に立たない花屋のせいで全て枯れてしまった。だからもう花は植えない」そう伝え、ヨナは再び門下生の若い女性を物色する。


 その道場の庭に咲いていた千日紅の花は、ヨナの残虐な行為を覚えていた。

 この強い強い憎しみをどうすることも出来ず、ただただ道端で咲くことしかできない己はただの植物、ただの花……そう諦め、感情を殺し、風に靡き、雨に打たれ、生きていくしかない……そう思っていた。

 ハナと出会うまでは……。


 

 「ハナ、私を止めるなよ」

 ニチ子はもうヨナしか見ていなかった。

 「ニチ子? どうしたの?」

 ハナはニチ子のただならぬ雰囲気に不安を覚える。

 

 「お前だけは、絶対に許さない」

 ニチ子の言葉に反応したファザが掛けてあった木剣をニチ子の足元へ投げた。

 「許さない? 俺を知っている誰かの知り合いか? 悪いな、知り合いが多すぎていちいち覚えてられんよ」

 ヨナはそう言って木剣を構えた。

 その構えを見たニチ子もまた剣を構える。

 

 「ほう、大女、お前も天帝流を使うか、面白い」

 ヨナとニチ子の構えはまるで鏡写しのよう。

 

 「うぉぉぉぉぉ」

 ニチ子の掛け声で始まった手合わせは、一方的だった。

 いくら千日紅であったニチ子が、ヨナの剣技を脳裏に焼き付け、人の形を授かり真似ようとも、一朝一夕で成せる剣技では無い。

 それはニチ子も理解していた。

 

 だが、ニチ子には【不死】【不朽】【不滅】の魔法効果があった。

 ニチ子はヨナの木剣を受けるたびに口元を緩める。


 己に宿る魔力、絶対防御。予感は確信に変わり、木剣を持つ手に力が入る。


 「な、なんなんだコイツは……」

 自身の攻撃が全く効果を成さず、焦るヨナ。

 「くそっ」

 ヨナはそう言って木剣を投げ捨てた。


 「父上。どうやらコイツ、守りだけは一級品らしい」

 ヨナは振り向き、ファザを見て言った。

 「ほう、面白い。ならばどうする」

 ファザは顎髭に触れながら応える。

 「真剣を使う」

 「壊す気か?」

 「それで壊れるなら、それまで。そうでしょう父上」

 「そうだな、好きにしろ」

 まるで予定調和のような会話だった。


 ヨナは神棚の横に備えてあった剣を手に取りゆっくりと構え、


 「獄炎剣」

 そう唱えると、刀身が黒い禍々しい炎を纏った。


 「どうせ魔法で作った紛い物だろ? 消し炭にしてやるよ」

 「……」

 ニチ子は黙ってその様子を見守り、木剣を持つ手に力を込める。


 「やめてよヨナ兄さんっ。ニチ子は紛い物なんかじゃない、僕の友達だ」

 ハナのその叫びに一切の反応を見せず、ヨナは剣を構えニチ子に向け駆け出した。


 「死ねぇ」

 ヨナは頭上に大きく振り上げた燃える剣を一気に振り下ろした。


 「ハナっ」

 ニチ子の目の前に両手を広げたハナが飛び出してきた。

 「バカがっ」

 振り下ろした魔法剣はその勢いと威力ゆえに、止めることは難しい。

 ならばいっそのこと、振り下ろしてしまえばいい。

 ヨナは刹那の時に、その結論に至った。

 どうせ使えない弟、死んでしまっても父親は悲しまないだろうと。

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