緊張のローザリンデ
オルデンブルク公爵家の馬車の中。ローザリンデとルートヴィヒの間には沈黙が流れている。
(えっと……何か気の利いたお話をしなくては……)
ローザリンデは必死に話題を考えていた。
「オルデンブルク卿は、何か本をお読みになるのでございますか?」
「本?」
外を見ていたルートヴィヒはローザリンデに目を向ける。目つきが悪く、不機嫌そうな表情だ。ローザリンデは少し怯んでしまう。
「え、ええ。娯楽小説や哲学の本など、そういったものはお読みになるのかなと……」
「……俺はそういったものはあまり読まない」
素っ気ない返答だった。ルートヴィヒは不機嫌そうな表情で外を眺めている。
「左様でございますか……」
会話が終了してしまい、ローザリンデは少し落ち込んでしまう。
(駄目ですわね……。お母様のように上手に話せませんわ。冗談を言って周囲を明るくすることも出来ませんし……。ユリウスお兄様達もきっともっと上手くやれますのに
その後、ローザリンデとルートヴィヒは一言も話すことなく、夜会の会場であるビスマルク侯爵家の
ローザリンデは馬車から降りようとした時、先に降りていたルートヴィヒから手を差し出される。明後日の方向を向いており相変わらず不機嫌そうな仏頂面だが、瞬きの回数が多かった。
「ありがとうございます」
ローザリンデは恐る恐るルートヴィヒの手を取り、馬車から降りた。そしてそのままルートヴィヒにエスコートされ会場入りした。不機嫌そうで無愛想な仏頂面とは裏腹に、歩幅を割と小柄なローザリンデに合わせてくれていた。
早速主催者であるビスマルク侯爵家の者達に挨拶に向かう二人。ランツベルク辺境伯家もオルデンブルク公爵家も、ビスマルク家より家格が上である。よって、ビスマルク家の者達はボウ・アンド・スクレープやカーテシーで礼を取っていた。
「楽にしてくれて構いません」
ルートヴィヒの言葉により、全員頭を上げた。
「ビスマルク侯爵閣下、お招き感謝いたします」
ルートヴィヒは相変わらず目つきが悪いが、仏頂面は和らいでいた。
「こちらこそ、お越しいただき感謝しております。オルデンブルク卿、ローザリンデ嬢」
ビスマルク侯爵家当主であるレオンハルトが優しく微笑む。星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、サファイアのような青い目。体格がよく、厳ついが整った顔立ちの男性である。
「お久し振りね、ローザリンデ」
ビスマルク侯爵夫人であるリーゼロッテが嬉しそうに微笑んでいる。彼女は「社交界の白百合」という二つ名がある。ローザリンデと同じ、ストロベリーブロンドの真っ直ぐ伸びた髪にアンバーの目、そして鼻から頬周りには薄らとそばかすがある美女だ。
「お久し振りでございます、レオンハルト
ローザリンデは嬉しそうに微笑んだ。
リーゼロッテはローザリンデの母エマの姉である。よって、ビスマルク侯爵家の者達はローザリンデにとっても身内なのだ。
「ローザリンデにも、エスコートをしてくださる殿方が現れたのね」
ふふっと微笑むリーゼロッテ。白百合が咲いたような笑みである。
「……ええ」
ぎこちなく頷くローザリンデ。ルートヴィヒはタンザナイトの目は明後日の方を向いており、目が泳いでいる。
「オルデンブルク卿、
リーゼロッテは悪戯っぽく微笑んだ。
「は、はい……」
ルートヴィヒは掠れた声で返事をした。表情は強張っている。
「そうだ、ケートヒェンは
レオンハルトに促され、前に出てくる少女。彼女がケートヒェンだ。レオンハルト譲りのアッシュブロンドの髪に、リーゼロッテ譲りのアンバーの目。顔立ちもリーゼロッテに似ている。
「お初にお目にかかります。ビスマルク侯爵家次女、ケートヒェン・リーゼロッテ・フォン・ビスマルクでございます」
「初めまして、ビスマルク嬢。オルデンブルク公爵家長男、ルートヴィヒ・ゲーアバルト・フォン・オルデンブルクだ」
目つきは悪いが、少し柔らかい表情のルートヴィヒであった。
その後、ローザリンデとルートヴィヒはビスマルク侯爵家の者達と少し話した後、ダンスをする。その際も、ルートヴィヒは不機嫌そうな仏頂面でローザリンデとあまり目を合わそうとしなかった。
(オルデンブルク卿、怒っていらっしゃる……? もしかして、
ローザリンデのダンスは家庭教師から及第点以上の評価をもらっている。しかし、目の前のルートヴィヒの様子を見て、ローザリンデは不安になってしまう。
(もっと頑張らないといけないのね。この曲なら、確かもっと勢いがあってもいいと先生から言われたわ。だから……)
ローザリンデは挽回しようと勢いよくステップを踏もうとした。しかし、緊張のあまり力み過ぎており、足がもつれてしまった。
「きゃっ」
「危ない!」
ローザリンデは転びそうになったが、ルートヴィヒに抱き寄せられ転ばずに済んだ。
密着する体にローザリンデの鼓動が高鳴る。ルートヴィヒの方はタンザナイトの目が大きく見開かれており、頬はほんのり赤く染まっているように見えた。
「も、申し訳ございません! 何とお詫び申し上げたらいいか……!」
自分がとんでもないことをしてしまったと思い、ローザリンデは顔面蒼白になる。
(
「い、命をもってお詫びを……!」
「っ! 命はかけなくて良い!」
ローザリンデの言葉にルートヴィヒはギョッとした。
「ですが
ローザリンデは涙目になっている。
「……別に構わない。……君に怪我がないのなら、それで良い」
ルートヴィヒはやはりローザリンデとは目を合わせていない。
「お気遣いありがとうございます。……本当に、申し訳ございません」
ローザリンデは糸よりも細く消え入りそうな声で答えるのが精一杯だった。
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