第58話 お祝い
――数ヶ月後
莉音の内定が決まり、那央も採用試験に合格した。
BARヒュッゲを貸切にしてお祝いをすることにした。那央にとっては初めてのバーで、藤波と坂上とは初対面になった。
坂上がケーキを用意し、翔優が料理を持ってきた。莉音は祝われる側だが、那央のためにカクテルを作った。莉音のバーテンダー姿を、那央がうっとりと見ている。
「それでは二人の新しい人生の門出に、乾杯!」
坂上が音頭をとった。まるで結婚式のセリフみたいだが、それもいいだろう。
「二人ともよく頑張ったね。どちらも難関なんでしょ?」
坂上が言った。
「ええ、まあ。俺は獅堂さんのおかげでなんとかなりましたが、那央は自力ですから」
「自力と言っても……手探りすぎたんでもう運ですね……。なんで受かったのかイマイチわかってないです」
那央が複雑な表情で言う。
「まあまあ、審査した側の見る目を信じようじゃないか。翔優も世話になった。料理の腕は確かだから、食べてくれ」
要芽はそう言って、料理を食べるよう促した。みんなで料理に舌鼓を打つ。
「翔優さんは、そのままアンプデモアで働いてくれるんですか? 俺も先輩も抜けちゃうんで、翔優さんがいてくれれば、オーナーは助かると思うんですけど……」
那央が翔優を見て言った。
「はい、彼が良ければ」
「翔優さんがシェフ姿で料理を運ぶの、お客さんはすごく喜ぶんですよ。イケメンシェフだって」
莉音が翔優に酒を注ぎながら言った。
「はあ、そうですか……」
「三者三様のイケメン揃いだもんね。橘君は紳士的、那央君はマスコット系だし、翔優はミステリアスで」
坂上が言った。坂上の好みから言えば、背が低くてまだ可愛らしい雰囲気の那央だろう。要芽は一人鼻で笑った。
「君たちがいなくなる前に、翔優に彼女を見繕ってくれ。見ての通り、彼は自分から女性にいけないから」
「この間、ラブレターきましたよ。渡しましたよね?」
那央が翔優を見た。
「ええ。お断りしましたけど」
「翔優は誰でもいいから、まず一度女性と付き合え。二人とも本当によろしく頼むよ」
要芽は坂上におかわりを頼んだ。今度は坂上が鼻で笑う。
若い二人は会話上手だった。時々見つめ合い、愛を確かめあっているようだ。久々に恋人たちの甘い雰囲気にあてられた。二人をほほえましいと思えるくらいには、年をとったのだと要芽は思った。
♢♢♢
はからずも飲み過ぎた。いい気分だった。
人の幸せをそのまま喜べる自分になっていたことが、自分にも人間の進歩があったと思えたのだ。
今まで、人生を斜に構えて見ていた。何がきっかけでそうなったのかはわからない。洞察が深くなったのは良かったかもしれないが、それが自分の幸福感には繋がらなかった。
千鳥足の藤波を翔優が支えた。翔優も莉音に勧められてよく飲んでいた。家では飲まないので、翔優の酒の限界はわからない。今のところ、酔っているようには見えなかった。
マンションに着いて、寝室に向かう。
「今日はそのまま寝るよ。いい日だった。おやすみ」
寝室に入り、帯をほどいた。寝巻きを手に取ったときだった。
部屋に翔優が入ってきた。
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