第52話 獅堂の告白

帰国してからも、度々翔優は僕にせがんできた。


椅子に座っているときに、跪いて腿に触れて上目遣いをしてきたらそういう意味だ。

面倒だったので好きなようにさせた。



彼にとって、自分の口は性器なのだ。

僕のが入ることで、俺と擬似的に性交している。

だから見た目は僕が犯してるように見えるが、実際は逆で、犯されているのは僕なのだ。



――――――――――――


しばらくして、僕はまた坂上に同人誌を贈った。



フランス貴族と革命家の恋物語だ。

二人は幼馴染だが、身分を超えて密かに愛し合っていた。

片方が革命家の道を歩み、貴族の方は自分の身分を考えて一度は成就を諦める。

だが、二人は純愛をとって、貴族は身分を捨て、二人で生きる道をとる。



「要芽……今回のも良かったよ……。俺はハッピーエンドが好きだからさ。」


坂上が言う。



「まあ、ご都合主義だけど。」


「小説なんて、みんなそうだろ?だからこそ、ハッピーエンドであってほしいんだ。今回は、誰がモデルなの?」


「革命家は、翔優だよ。」



革命家の彼は、どん底から這い上がる。

革命の原動力である怒りと強い意志。

翔優は、革命家のように直接社会に訴えかけはしないが、演奏の中に可能性を感じた。

フランス人を喜ばせることはできた。

貴族の彼を抱くシーンの強引さも、翔優のイメージを使った。



「革命家の方なのか。意外だけど、フランスでの活躍を聞くと案外そうかもね。じゃあ、貴族の方は要芽ってこと?」


「なんで僕が翔優なんかと絡まなきゃいけないんだよ。それに、僕はその貴族のように女々しくもないし、優柔不断でもない。」


「まあね、そう描かれてるけどさ、こういう創作って、自分が出るじゃないか。」


「僕は、男色じゃないけど、書いてる。」


「殺人をしなくても、殺人事件は書ける、ってかんじ?でも、逆にフィクションだから素の自分が出ることもあるよ。」



はからずも小説を書くこと自体は楽しかった。

書くために資料を読むことは僕の人生を豊かにしたし、登場人物の思いがけない言動に自分が心を動かされることもある。

文才があるとは思わなかったが、大学は文学部に進むことを決めた。



その後、坂上が、これまでの作品を製本してプレゼントしてくれた。

印刷所で作られて、しっかりとした本になっていた。



ある日、何の気なしに置いていたその本を、獅堂が読んでいた。


「これ、お前が書いたのか?」


「ああ。男色だけど。」


「面白かったよ。」


「それはどうも。」


「この小説ほどは面白くないんだが、俺の話を聞いてくれないか?」


獅堂に隠し子がいる…正確には、いるかもしれない、という話だった。



驚きはしなかった。

獅堂は誠実な人間だが、誰だって過ちを犯すことはある。

僕と翔優も、誤った道に入っている。



僕がもし翔優と出会ってなかったら……獅堂の告白を聞いて糾弾していただろう。


なぜ自分を信じてアキさんと付き合わなかったのか、と。


ある種、正論だが、そうできないのが人間だ。

それを、僕にわからせたのは翔優だ。



幼かった翔優は、性暴力から自分では逃げられない。

使用人気質の池上家は藤波家が絶対だ。

翔優は僕に欲情しているが対等ではない。

僕も翔優の人生に、責任と哀れみを感じて逃げられない。

その気は無いに男に犯されることを許している。


正論の通りなんて、生きられないのだ。



「獅堂、息子探しを手伝ってあげるよ。そして、見つかったら、小説にさせてくれ。たかが不倫だ。でも、不倫をした二人の愛が、つまらないものだとは思わないよ。」 


僕は、獅堂が自分の秘密を打ち明けてくれたことが、ほのかに嬉しかった。

獅堂の信用足る人間になれていたのだと感じた。

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