第19話 橘の生活
- 第ニ章 橘の献身 -
【これは二人が付き合ってから、まもなくの2月の話。那央は3年生から4年生になるところ。橘は4年生で卒業間近だった。】
アンプデモアの2月は忙しい。
アンプデモアにはお客さんの間でジンクスがあった。
バレンタインデーのプレゼントを、アンプデモアのお菓子にすると両想いになれるらしいのだ。
いつもよりたくさんお菓子を作るため、オーナーと那央と橘の3人は、連日働いていた。
「二人とも器用で助かったよ。良かったらこれ食べて。」
オーナーは3人で作った試作品の小さなホールケーキをくれた。
「ありがとうございます!試作品とはいえ、ホントおいしいですよね。」
那央は素直に喜んだ。
「改めて見ると、那央が担当したクリームのところ、やっぱり上手くなってるよね。」
橘がそう言いながら、那央を見つめる。
オーナーに初めて教わった日、二人でアパートでも練習した。
那央はクリームを均等に絞ったり、手をスムーズに動かすのがなかなか上手くできなかった。
そんな那央の手を取って、橘が一緒にやりながら教えてくれた。
その後、"いい雰囲気"になってしまったことを思い出し、那央はちょっと恥ずかしくなった。
「ああ、お前ら。仲がいいのは美しいが、お客さんの前ではあんまり見つめ合うなよ。」
オーナーがシビアな視線を送ってくる。
「気をつけますね。」
橘が笑顔で言う。
カフェ・アンプデモアでは、俺たちが付き合っていることは公認だ。
お客さんですら知っている。
♢♢♢
付き合ってまもなく、建物の裏にゴミを捨てに行ったときだ。
誰もいないと思った橘は、建物に入ろうとした那央を静かに制して抱き寄せてキスをした。
ちょっとだけ……と、お互い思っていたのだが、つい熱くなってしまったのだ。
それをお客さんに見られていた。
最初にオーナーから注意された時は、すごく恥ずかしかった。
職場で不謹慎なことをしてしまった……と反省した。
が、一緒にいた橘はケロッとしている。
「すみません、俺たち付き合ったばっかりで、すごく幸せなんです。」
そう言って那央の腰に手を回して、額にキスをしたのだ。
オーナーの前で。
「そうか……うん。わかった。わかったけど、お店はお前らのラブホじゃないからな。そこは頼むよ。あと、あくまで、お客さんのための店だから。お客さんを不快にさせるようなイチャイチャはダメだぞ。」
オーナーは呆れて言った。
「はい、気をつけます。」
その時も、橘は爽やかな笑顔で返事をしていた。
♢♢♢
その日の勤務が終わり、俺のアパートに二人で向かう。
橘は、恩師に宇宙開発技術機構の採用試験対策をお願いし、代わりに研究室を手伝っていた。
さらに、アンプデモアのバイトと以前働いていたバーでも働いていた。
丸々1日の休みは滅多にない。
大変じゃないか聞くと、「一年だけなら大丈夫だよ」と言う。
アンプデモアのバイトの時は俺のアパートに泊まる。
夕食はアンプデモアのまかないを食べてくるので、帰ってきたらお風呂を準備する。
いつもは那央が先に入り、橘は後なのだが、この時間に橘は寝ていることが多い。
やっぱり疲れているのだろう。
ベッドに入ってからも、多少イチャイチャはするが、橘はすぐ眠ってしまう。
その日も、橘が先に眠ってしまった。
嬉しいような、残念なような。
橘に布団をかけ直す。
本当に健康が心配だった。
極力、手料理を振る舞うようにはしているが、慢性的な睡眠不足はどうにもならない。
橘に何をしてあげたらいいんだろうか……。
那央は橘の寝顔を見て考えていた。
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