第9話 那央の決意

橘との再会のあと、すぐ彼女とは別れた。

彼女はショックみたいだったが、これ以上付き合ったらもっと彼女を傷つけてしまう。


これまでの自分にケジメをつけたくて、断捨離をした。

使わないもの、もう興味が無いもの……

心のざわめきに対する苛立ちをぶつけるようにゴミ袋に捨てていく。


そうして残ったものを見ると、結局、橘と思い出があるものばかりだ。



バイトは続けた。

前よりもお客さんを覚えるようにして、自分からもお客さんに話しかけるようにした。

そうしているうちに、自分に会いに来てくれるファンもできたり、告白されたこともあった。

でも、自分がバイトを頑張ったのはお店のためだ。

橘との思い出がたくさん詰まっているこのお店を、自分で大事にしたかったのだ。



民間の就活をしている友達に色々聞きながら、自分の進路も考え直した。

教育実習は大変だったけど、子ども達と触れ合うのは楽しかった。

そうしているうちに、例の海外の財閥がギフテッド専門の小中高一貫校の教員を募集すると知って、応募することにした。

その学校では、子ども達に早期から宇宙開発に関わるカリキュラムを組み込む予定だ。

数十年単位で宇宙事業を拡大していけるように人材を確保するのが目的らしい。

間接的だか、宇宙に関わる人材を指導する仕事につけば、橘と繋がっていられると思ったのだ。


目標ができて、毎日充実していた。

橘には、悩みの相談はしなかった。

悩みが小さすぎて、そんなことで煩わせたくなかったのだ。


♢♢♢


そんなある日、バイトに行くと、もう1人のバイトが風邪で来られなくなっていた。

予約で満席の日だ。

こりゃ大変なことになるな……と思いつつ、オーナーと準備をしていると、裏口から懐かしい声が聞いた。


橘だった。


「オーナーからヘルプの電話が来たんだ。しばらくぶりすぎて、もうわからないこともたくさんあるだろうから教えてね。よろしく」


と言いながら、橘は着替えている。

やっぱり、ウエイターの服は橘によく似合っている。

生活が落ち着いたせいか、体つきも戻ったように見えた。


お客さんが来ると、次々と料理を出した。

俺は料理も若干できるようになっていて、オーナーを助けながら回した。

橘がいることで、昔からのお客さんにすごく喜ばれた。

自分も可愛がってもらってはいるが、橘は別格だ。

さすがとしか言いようがない。



仕事が終わると、いつもより豪華なまかないが出た。

やり切った達成感と、久々の橘とのまかないの時間で、胸がいっぱいになった。


「すごいな、那央。料理まで任されるなんて。もう、オーナーの片腕じゃん」


橘に、少しは男らしいところが見せられて嬉しかった。


「それは……去年、先輩に料理を教わったからですよ。オーナーの新作、よくアパートで再現してくれたじゃないですが。そういう下地があったから手伝えたんです……」


料理のことを何も知らなくて不器用な自分に、橘は一から教えてくれた。

なかなかオーナーの味に近づけないときは、ああじゃないかこうじゃないかと2人で言いながらスパイスをたくさん試した。

その時一回しか使わなかったスパイスが、まだたくさん棚にある。



橘には、彼女と別れたこと、進路を少し変えたことを伝えた。


「色々あったんだな。でも、納得できる進路が見つかって、本当に良かったよ」


自分のことのように喜んでくれた。

とはいえ、学園で働くことはまだ目標で決まったわけではないので、受かったらお祝いをすることにした。



「俺は……宇宙開発に必要な器具の製作工場の内定が出たよ。」


宇宙関係とはいえ、橘の研究内容とは異なっていた。

橘のやりたいことから考えたら、国家公務員の宇宙開発技術機構か、民間宇宙研究所が第一志望になるはずなのだ。


やっぱり、彼女との関係なんだろうか。

だとしても、俺が何かを言える立場じゃない。

橘がよく考えて決めたことだ。

自分は何であれ、橘の決めたことを応援したかった。


「内定とれたから、こっちも手伝えるよ。那央はまだ実習もあるでしょ。採用試験もあるだろうし、無理せず休んで。俺が出るから」


橘の優しさは変わらない。

でも、橘のどこか諦めたような落ち着きに、那央は素直に喜べない気持ちがあった。

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