第21.5話・可愛い女の子は好きですか?

一日目終了後。

女子トーク。


放課後に、クラスの女子達は明日の準備をやっていた。

時間をかけて片付けて。

その後に、帰り支度をする。

今日中にどうしてもやらないといけない。

皺になりやすいメイド服の手入れをしてから仕舞う必要があったのと、ちょっとした交流がてらクラスのみんなと話し合いたかったからだ。

早々に帰っていった裏方の男子は、文化祭中でも仲良く会話をしていたが、メイド服を着て清楚に振る舞うのが仕事だった女子はそうもいかない。

だから、かなり疲れていても放課後に時間を作って雑談をしたかったのだ。


クラスメートは約三十人で、女子は大体半分。

よんいち組や文化祭を準備してきた組を抜かせば、ちゃんと会話したことのない人は多い。

横の繋がりはあまりなく。

クラス内で女子同士の派閥があったわけではないが、グループの人間以外と話すのは緊張する。

読者モデルで名が知れている小日向のことだって、内面までは深く知らない者も多いのだ。


「なんで男子は呼ばないの?」

小日向はこの場の主旨がよく分かってないらしく、疑問符が頭の上に出ていた。

クラスのヒエラルキートップは天然である。

まったく分かっていない。

運動部が話し出す。

「男子は足りない備品があるからって、仲良く百均で買い物に行っているわよ」

「あはは、仲良くって子供かな?」

「裏方は楽しそうだったしね。男子は単純でいいわよね」

高校生になっても、男は子供だ。

女子からしてみたら、毎回のように馬鹿みたいなことばかりしているお子ちゃまである。

同じ高校生でも、五つくらい精神年齢が低い。

教室でモンハンやるくらいの知能しかない。

「……そういうけどさ。アンタ、裏方の休憩中に、嬉しそうに男子と楽しく話していたじゃん」

「ばらさないでよ!」

わちゃわちゃしていた。

喧嘩しているのに、仲良しであった。

学校帰りに駄菓子屋に通ってそうなアホ面した男子でも、文化祭マジックとでも言うべきか。

喫茶店特有のピシッとしたノリの付いた白いワイシャツ。

シックな紺色のエプロンを身に付けていると、格好よく見えるものらしい。

まあ、実際は仕事に追われながら、みんなで仲良く遊んでいただけだが。

それでも良く見えていた。

男子と女子は、こういう機会がないと話さない時はある。

馬鹿で不器用なやつがバイト慣れしていて仕事を手伝ってくれたり、無愛想であまり話さない人間が労う為に話し掛けてくれるだけでドキドキするものだ。

いつもより何だか格好よく見えたり。

イケボに聴こえたりする。

つり橋効果よろしく、忙しくドタバタした時に頼りになる男子の評価は軒並み上がるわけだ。

特に一条はうなぎ登りだった。

イケメンだし、大概の女子は一条狙いではあったが、黒川さんと二人で文化祭デートをしていたのを知ってか、傷心気味だった。

それでも恋敵の黒川さんのことを応援しているあたり、いい人ばかりと言える。

「しかし、あの一条くんが黒川さんとねぇ……。文化祭準備している時に仲良くなったの? 詳しく教えてよ」

「え? ええ??」

女子同士の絡みに慣れていない黒川さんは、ビックリしながら、根掘り葉掘りしゃべることになっていた。

女子が恋バナに食い付くのは、必然だろう。

二人は、普通に文化祭を回って、食事をしてちょっとだけだが会話をしただけだ。

文化祭の休憩時間は短いので、名残惜しいままデートは終わっていく。

それでもまあ。

手を繋いだとか、告白されたとか、大きなイベントがなくても、好きな人と一緒に過ごすことだけで充実した一日になるものだ。

青春とは、大人からしたら子供っぽい無価値に見える部分を、大切な思い出として一生大事にに出来るか否かである。

重要な出来事や言葉などいらない。

本人がどれだけ価値を感じるかだ。

彼女達が、文化祭を一生懸命に頑張るのだって、限りある学生時代を綺麗な思い出にするためと言える。

やれることは頑張る。

学生からしたら、単純な思考で充分だろう。

運動部のメンバーは、溜め息交じりである。

「いいなぁ。好きな人がいる人は幸せなんだろうなぁ」

「運動部は、部活が恋人だからね。青春は汗の味……」

「やめて、悲しい現実を突き付けるな」



「それはそうと、東山くんってどんな人?」

不意にそう聞かれた。

「なんで?」

小日向は若干警戒しつつそう返した。

「あ、いや。警戒しないでよ。東山くんに興味はあるけど、クラスメートとしてだから。ほら、ウチのクラスのトップをやってもらってて、何も知らない赤の他人じゃ申し訳ないでしょ?」

「うんうん。なるほど」

風夏は納得していた。

知りたいのは事実だが、大部分は興味本位。

面白い恋愛してそうなので聞きたかった。

残りの何割かは、運動部の人間関係は普段から厳しく、世話になっている人のことは、ちゃんと聞いておかないといけないと思ったからだ。


風夏は、ハジメのことを上手く説明しようとするが、目立たない陰キャの人間を褒めるのは難しい。

身内以外でハジメと話したことある人間は、片手程度であった。

大体は名前くらいしか知らないレベルだ。

何なら、下の名前を覚えているのかも怪しいくらいに空気の可能性の方が高い。

風夏は、一から説明する。

ーーーーーー

ーーーー

ーー

「うんうん。漫研部で絵が好き。昼休みは漫画を描いてて、コミケに出ているくらいに毎日頑張っている。メイドが大好きな優しい人ね」

「いや、それだけだと、やばいだけだよ??」

「ワードセンスよ」

風夏の説明だけだと訳が分からないため、他の女子に確認を取る。

「秋月さんも東山くんと仲良いよね? 合ってるん?」

秋月麗奈は苦虫を噛んでいるような、とても表現しにくい辛い顔をしていた。

「う、うん。まあ、八割がたは正解かな……?」

麗奈だって付き合いはそれなりに長く。

人と成りはよく知っている。

正直。ハジメの良さも知っているし、男性としての評価は誰よりも高いが、文章に起こすとただの変態だった。

メイド要素が強すぎる。



ハジメは根っからのオタクだから評価が悪いのは仕方ないとはいえ、良いところはいっぱいある。

困った時は最優先に助けてくれるし、いつも気に掛けてくれている。誰よりも誇れるいいところはあるけれど。

難しい。

イケメンでもスポーツマンでもなく。

秀才だが学年順位はやや良いくらいだ。

漫画やイラストを描く為に、勉強する時間を費やしているせいか、テストの点数が低い。

そのせいで不真面目に見えてしまうのかも知れない。

麗奈としては、みんなに良さを知ってもらいたい。

「でもね、オタク要素以外はちゃんとした真面目な人だから安心して」

「へぇ、そうなんだ。風夏ちゃんと仲良いから、可愛い女の子が好きなやつだと思ってたわ」

「わかるわかる! 私達とは全然話さないし。美人しか興味ないと思ってたわ」

「え? 私は可愛いし?」

「ーーは?」

冷徹な視線を飛ばす。

和気あいあいとした空気から、秒で喧嘩する。

その光景を見つつ、麗奈はそれが普通かと思ってしまった。

運動部の辛口な評価は最もである。

麗奈からしても、最初に出会った頃のハジメは、風夏が可愛いから言い寄っている悪い虫くらいに思っていた。

自分達みたいな可愛い女の子を好きになるやつばかりだからだ。

昔の私、めっちゃ自意識過剰。

「……昔の自分を殴りたい」

風夏や冬華なら女の子としての性格もよく美人だから話し掛けるのは当然だ。

だが、麗奈のような自意識過剰であり、それでいて自己嫌悪に浸るような人間でも、ハジメは分け隔てなく接してくれる人間である。

最初だけとはいえど、そんな態度を取っていた自分が恥ずかしい。

黒歴史もいいところだ。

「秋月さん、どしたの!?」

「あれな。いつもの癖だから気にしないで」

萌花は、遠巻きから面白そうな光景を楽しんでいた。

いたずら好きなやつからしたら、麗奈はいつ弄っても楽しいようである。

ツッコミもボケもこなしていた。

最近は恋愛脳だし、面白かった。

「秋月さんって結構変わっているんだね」

「むっつりスケベだからしゃあないっしょ」

「なるほど。夢女子っぽいもんね」

「いや、その単語を知っているアンタも大概やべーぞ……?」

「ごめん、みんなには内緒で。オタクなのは黙ってるんだ」

「あ~、うん。別にいいけど……」

萌花は、クラスメートの触れてはいけない一面を知り、いつものテンションを崩されていた。

隠れオタクなのはいいが、キャラにガチ恋しているのはどうなんだろうと思いつつも黙っておく。



ガラガラッ


楽しく話していたのも束の間。

裏方側の扉が開く音にビビり、全員息を殺して黙る。

裏方のドアは、カーテン越しなのでこちらは見えない。

だが、気配を消すために姿勢を低くして、机の下に隠れる。

咄嗟過ぎて、轢かれたカエルのように四つん這いになって静かにしている者もいた。

先生が見回りに来たのか。

他のクラスも明日の準備をしているから、居残っていることに怒りに来るとは思えない。

そうなると限られてくる。

「あ~、駅前から戻ってくるのはだるいな」

「東山の家は近いんだから、明日の朝に持ってくればよかったんじゃないか?」

「それはそうだが、お菓子とかあるしな。忘れたらやばいから、教室に置いておきたいじゃん」

「不安になるほどかい?」

ハジメと一条は楽しそうに二人で会話しながら、百均で買った物や、お菓子屋さんから受け取ってきた焼き菓子をわざわざ教室まで置きに来ていた。

二人がキャッキャしているのを地べたギリギリの姿勢で盗み聞きしている女子達。

「話掛けてよ」

「いや、無理っしょ」

いきなり話すのも気まずいし。

背徳感がやばいが、展開的に面白そうなので引き続き静かにする。


二人は荷物を置き、他の備品もチェックする。

明日の朝一は眠いだろうし、朝っぱらから仕事はやりたくないので、今のうちに片付ける。

「紅茶とかは足りそう?」

「ああ、茶葉は余ってもいいように卸してもらっているからな。明日までなら問題ない」

「仕事が早くて助かるよ。この調子なら、文化祭の最優秀賞も狙えそうだね」

「へぇ、そんなのあるのか。賞金が出るなら頑張ってもいいかもな。幾ら出るん?」

「賞金に対する食い付きのよさおかしいよ……。たしか、数万円くらいだったかな? お金はともかく、トロフィーもらえるし、折角ならば最優秀賞は取りたいよね」

「……そうだな。みんな頑張ってくれているし、かたちになるものは欲しいよな」

「そうそう。何かしらの目標があるとやりがいになるからね」

女子が喜ぶのならば、最優秀賞は狙っていきたいところだろう。

ハジメは賞金とトロフィー。

一条は好きな人にいいところを見せられる。

普通に考えて、Win-Winである。

「それにまあ、読者モデルが自分の学校で最優秀賞取れば、ツイッターの話題にもなるしな。頑張るか」

「本人にそれを直接言ったら?」

「いや、実際に賞が取れるか分からないしな。分からない状態では、口に出したくはないよ」

メイド喫茶は繁盛しているが、あくまで二年生だけの話だ。

三年生の出し物のレベルは高いし、こちらと比べても売り上げはかなりいいはずなので、今のペースで頑張って何とか勝てるかどうか。

正直分からん。

不確定要素が多い中で、ぬか喜びをさせるわけにはいかない。

ハジメは文化祭のクラス委員として、士気が下がるような状況は極力避けたいのだ。

実際には、みんなの士気はかなり上がっていたし、直接言われずに、盗み聞きしている内容が本音だと分かる。

一条だけならともかく、惚気レベルで褒めちぎるので、聞いている方は恥ずかしいくらいだが。

「そうだね。今の目標は最優秀賞。取れるかどうかは分からないし、東山の言う通りにして、女の子達には言わないでおこう」

「すまんな。みんなには気にせず楽しくやってもらいたいしな」

「賞が取れるといいね」

ーー

「正直、みんな可愛いし大丈夫だろうがな。俺達のクラスが負けるとは思えん」

「あはは、クラス委員から、みんなに言えばいいのに」

「……無理な話だ」

「だねぇ。明日も早いし帰ろうか」

「一条、遅くまで付き合わせてすまない」

「いいよ。二人の仲じゃないか」

仲良さそうに話ながら、一通りのチェックを終えて、教室から出ていく。



「あれ、天性の女たらしだから」

萌花が言った言葉を、クラスメートは魂で理解した。

全く裏表がない真人間過ぎて、クラスの美人どころか、大人だってそりゃ好きにもなるわ。

運動部のメンバーも、ちょっとドキッとしてしまっていた。

「へー。東山くんって、いい人だね。ちょっと好きになったかも」

「やめなさい。……それ以上は地獄だぞ」

「へ?」

そう言われて、後ろを振り向く。

背後からの鋭い殺意を向けられていた。

口に出す前に、気付くべきだったのかも知れない。

嫉妬という感情を殺した、張り付いた笑顔をしているとても怖い人達がこちらを見ていた。

それ以上語ると、身の安全の保証はない。

野生の動物よろしく、大人しく引き下がる。

「……怖すぎるっピ」

可哀想ではあるが、地雷を踏んだやつが悪い。

大多数のクラスメートは、ハジメに関わり過ぎるのはやばいと悟ると同時に。

昼ドラみたいなドロドロな恋愛模様に、内心わくわくである。


最初ほ乗り気じゃない文化祭ではあったが。

こんなに楽しくなるとは思わなかった。

明日も一生懸命頑張ろう。

みんなそう思っていた。

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