第十九話・メイド喫茶はじまります! 一日目

あれから準備ばかりの日々を過ごして、着々と終わらせていった。

辛いことを幾つか乗り越え、やっと文化祭当日になった。

いざ本番となると、朝から清々しい気分である。

やりきった感はあるが、本番はこれからなんだよな。

二日間、何とか頑張らないといけない。

小日向はメイド服を着て、くるくると回ってスカートを靡かせている。

体力お化けだから、まだまだ元気である。

おめかししているからか、ご機嫌だった。

「小日向」

「どしたの?」

「今日は、よろしくな」

「うん! 頑張ろうね」

「ああ」

男子は裏方なので、直接手伝うことは出来ないが、それなりには気を掛けていた。

教室の机はほとんど片付け、残り半分をテーブルとして使用する。百均で揃えたテーブルクロスを敷いて見栄えよくしているが、多少は無理があるな。

まあ、文化祭だし、内観や机はまんま教室っぽいのはご愛嬌だろうか。

教室の前を出入り口にしていて、教室の後ろは裏方のスペースだ。

余った机を重ねてカーテンで見えないようにしている。

裏方は、人一人が通れる広さしかなく、野郎でギュウギュウの場所で飲み物を準備して、仕事をしなければならない。

正直狭いし、汚いし、野郎が数人一緒に箱詰めされている状態なので、生理的にも衛生的にもかなりの問題がある。

だが、メイド喫茶としては広々としたところでやりたいため、裏方には泣いてもらうしかないのだ。

メインの喫茶スペースは、四席を五セット。

最大二十人までは案内可能である。

入店は予約制にしてあり、席は三十分ごとに回していくつもりだ。

混雑してうるさくならないように、学校の人間にはあらかじめ予約してもらっている。

外部枠は、その都度調整するつもりだ。

上手くいけばいいのだが……。

この手の時間回しって、大体グダグダになることが多いので心配である。

文化祭が始まる前に、念入りにチェックする。

「東山くん、裏方の準備は終わったよ」

「西野さん。何から何まで手伝ってもらってすまない」

「ううん。お菓子の準備は最後まで私がやりたかったから謝らないで」

神かな?

男子の評価が爆上がりしていた。

メイド服を着た西野さんは、これまた楽しそうに仕事をしていて、男子の目を惹く存在であった。

「かわゆす」

「ゆえたそ~」

女子からの評価は下がっていた。

俺から見ても男子どもはキモい。


俺達はメイド服ほどインパクトはないが、ちゃんとした喫茶店の制服を着ている。

男目線で見ても、カッコいい姿である。

しかし、言動がキモいせいで嫌がられていた。

運動部だけがふざけているのに、何も発していないオタク達は巻き添えを喰らう。

「もー、男子はふざけすぎ」

「始まったらちゃんとやってよ?」

運動部の女子達が釘を刺していた。



文化祭が始まる。

始まってから数分で満席だ。

カーテン越しでも、どんどん人が入ってくるのが分かる。

飲み物を女子に渡す際に、外がどうなっているのか少し見る。

「やっば」

普通にドタバタしていた。

メイド服を来たクラスメートが慌ただしく給仕をしているのだった。

女性のお客さんが高いのは、メイド服を着た友達を冷やかしにきているのだろう。

逆に男子はほぼいなかった。

まあ、始まって早々に女の子を見にくる男子が居たら、気まずいからな。

小日向達は綺麗にメイクをしていて、いつもは地味な女の子であっても、印象が変わって可愛くなるものだった。

元々が陽キャな人より、真面目な人の方が人気がある。

逆に、メイクをしてメイド服で完全武装した小日向は、モデル特有の化物染みたオーラ全開なので、よく話をしている女子でさえも近寄りがたい感じだった。

髪飾りで髪を結んでいて、いつもの彼女とは違う雰囲気を身に纏っている。

小日向は可愛い。

喋らなければトップ取れるんだがな。

いや、駄目だな。

「こぼれるぅ」

裏方から紙コップに入った紅茶と焼き菓子を受け取り、テーブルに配膳するだけでガチガチに固まっていた。

小日向は紅茶をこぼさないように集中しているせいで、無意識に口を開けている。

駄目なメイドである。

文化祭ではティーカップを使う案もあったが、紙コップにしておいて正解だったな。

落としてティーカップを割ったら洒落にならない。

「東山、飲み物補充どうやるん?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

呼ばれたので運動部の連中の面倒を見る。

紅茶やコーヒーは作り置きが基本だ。

足りなくなる前に、魔法瓶に移して保温していく。

淹れ方の手順は、西野さんが紙に書いて記してくれているが、初めて紅茶を淹れる人からしたらイメージが出来ないので、俺が教えながらやってもらう。

お湯に対して必要分の茶葉を用意して、ポットからお湯を注ぎ、茶葉を数分間蒸す。

そのあとに、待ち時間によって美味しく出来た紅茶を、魔法瓶に移す。

地道な作業で時間がかかるので、早めに用意していかないといけない。

「地味に辛くね?」

男子連中はぼやく。

メモリや時間を確認しながら紅茶を淹れる男子の気持ちも、単純作業がただただ辛いのも分かる。

紅茶やコーヒーを淹れ慣れている俺でも、何回も同じことをしていたら、集中力が切れてくる。

裏方の男子からしたら、延々と飲み物を用意するだけの文化祭は詰まらないしな。

華やかさなど微塵もない箱詰め状態だし。

「まあまあ、ちゃんと淹れた紅茶は美味しいからさ。ほら自分が淹れたやつを飲んでみなよ」

「え~、そうかぁ? 蒸した時間くらいでそんな味は変わらんやろ。……あら、美味しい」

紅茶を飲む男子は笑顔である。

美味しい紅茶を提供するために、特にいいものを用意したのだ。

それは、メイド喫茶シルフィードでも仕入れている厳選された茶葉だ。

紅茶独特の豊潤な香りと、黄金色の美しさ。口の中に入れた時に濃い渋みだが、舌に残らないマイルドな味わいを楽しめる。

紙コップで提供している以外は、シルフィードで飲む紅茶と変わりない美味しさであった。

焼き菓子と合わせて楽しめば、誰しもが絶賛するはずだ。

「此所からだとお客さんの表情は分からないけど、口に出して美味しいって言ってくれている人もいるんだから、頑張ろうぜ」

メイド喫茶の主役は女の子だが。

俺達にしか出来ないこともある。

美味しい紅茶や、コーヒーを楽しんでもらうために、頑張るのだ。

「東山……キュン」

冗談でもやめろ。

頬を赤らめるな。

ただでさえ距離感が近いせいで、襲われたら逃げ場がない。

「東山。すまないけど、お菓子の追加注文したいから、西野さん呼んでもらえるかな?」

一条のところもてんやわんやしていた。

受け付けと在庫管理の指示を出している。

ケツに火が付いているかのように、忙しくしていた。

紙コップとかの備品なら俺や一条で自己判断出来るが、お菓子は全部お菓子屋さんに頼んでいるので、電話番号を知っている西野さんしか対応出来ない。

下手に手を出したら、西野さんに恥をかかせてしまいそうだった。

「わかった。直ぐに呼ぶから待っていてくれ」

「東山、コーヒーの淹れ方教えて」

「すまない。五分で戻るから、その間に空のコップをゴミ箱に捨てて片付けておいて」

「了解! 適当に仕事探しとく」


受け渡し口で、女子に声をかける。

こっちに気付いて近寄ってきた。

「東山くん、助けて。忙しす。めっちゃ話かけられる」

「手持ち無沙汰なのが原因かな?座席にこの詩集置いて、お客さんの注意を反らしてみてよ」

用意しておいた詩集を手渡す。

「え、ちょ、何で詩集を持ってるん?! 好きなの??」

「詩集くらいみんな読むだろ? あと、すまないが西野さん呼んできて」

「よく分からないけど、呼んでくるよ~」

バタバタしないように落ち着かせてから、リリースする。

西野さんは忙しい中でも冷静沈着で、小走りすることもなく普通に歩いてくる。

流石、優等生だ。

如何なる状況でも、西野さんはクールである。

「どうしたの?」

「お菓子の在庫がやばいから、追加注文頼めるかな?」

「分かったわ。注文はするけど、取りに行くのは男子にお願いしていい?」

「ああ、それで構わない。向こうの人に何度も頼むのも悪いから、多めに注文してほしい」

「大丈夫。こちらで上手くやるから気にしないで」

対応力が高くて助かる。

西野さんは早々に向こうの人と話を付けてくれて、取りに行くだけでいいようにしてくれた。

「女神かな?」

「西野さんには頭が上がらないな」

「俺は尻に敷かれたい」

後ろから男子達の声が聞こえる。

いいから仕事をしろ。

お菓子もやばいが、紅茶とコーヒーの量だって、予想以上に売れているのだからやばいんだよ。

三十分やそこらで、何で飲み物がそんなに売れるのか。

不思議でたまらなかった。

一人で何度も注文しないと計算が合わない……。

「お嬢様、新しい紅茶とお菓子をご用意致しましょうか?」

白鷺が気を利かせて声かけをしていた。

なるほど。あれは頼んでしまうわ。

飲み物と焼き菓子が売れるわけである。

テニス部のオスカル。

紛う方なき、お嬢様だ。

「い、頂きますぅ……」

超絶美貌の白鷺から話し掛けられたら、即答で頷いてしまうのだった。

「お嬢様、直ぐにご用意致します。少々お待ち下さいませ」

白鷺と目が合っただけで、後輩らしき女の子の脳みそがとろけていた。

「はええ、メイド服の白鷺先輩が可愛すぎて、ごはん三杯はいけるよぉ」

先輩をおかずにするな。

健全な意味だろうが、口に出していい言葉ではない。

白鷺は得意げに注文用紙を手渡してきた。

「追加注文だ。東山、紅茶とお菓子を頼む!」

「ああ。直ぐに準備するよ。いつもすまないな」

「シルフィードに通っていた経験が役に立っているみたいだな。こうして給仕する側というのもいいものだ」

白鷺は楽しそうにしていた。

彼女は、テニス部で後輩の面倒を見る機会も多く、誰かの世話焼きをするのが染み付いている。

お客さんの小さな変化に気付き先回りし、手を煩わせないようにする。

メイドとしての本職を全うしていた。

注文を受けて、紅茶を渡す。

一連の動作は簡単だが難しい。

他の人も多種多様な話し方やアプローチでやってくれていた。

こちらが心配する必要がないくらいに、みんな優秀だ。

まあ、小日向とか萌花はメイド要素ないくらいのフレンドリーなおしゃべりしているけど。

友達ならいいか。

当初のイメージはシルフィードみたく落ち着ける喫茶店にしたかったが、みんなの性格的にもワイワイしているこっちの方が味があるのかも知れない。

元気なメイドもいい。

うん、可愛いしな。

初々しくて素敵である。


みんなの頑張りを見て感傷に浸っていると。

「たすけて。たすけて」

今度は男子連中が泣き付いてくる。

「今度はなんだよ……」

「野郎共が受け付けで揉めてて」

「一条に任せればいいだろ?」

あいつの顔の広さと会話術なら、予約で揉めている男子でも納得してくれるだろうに。

「クラス委員の東山が直接言ってくれた方がいいと思うんだ」

「ああ、分かったよ。任せろ」

まあ、それが一番いいか。

揉めている向こうの人も、責任者と直接話をしたいだろうし。

「ごめんよ。東山……」

「別にいいよ。心配せずに他の仕事やっておいてくれ。こっちは任せるよ」

受け付け組と、場所をチェンジする。

すれ違いざまに肩を叩く。

「大丈夫だ。俺が何とかする」

「東山……キュン」

男子の好感度が上がった。

今はマジで忙しいからやめてくれ。



それから十数分後。

ゴタゴタも対応し終えて、落ち着いたタイミングで女子を少しだけ休憩させていく。

「ハムスターの小屋の中か、ここは」

休憩がてら裏方に入ってきた萌花は、そう言っていた。

まあ、男子という名のむさ苦しいハムちゃんが八人くらい密集しているけどさ。

裏方は真夏のような熱気である。

メイド喫茶みたいな凛とした雰囲気は、微塵もないのだ。

「狭いけれど、休憩用のイスを使ってくれ」

「せんきゅー」

「もえ、飲み物なにがいい?」

「オレンジジュース飲みたい」

みんなは注文と同時に、短時間ながらも訓練された動きで、オレンジジュースを準備する。

お菓子をバスケットに綺麗に配置して。

「おあがりよ!」

それを受け取り、萌花に渡す。

「……何か、きめえな」

「楽しそうに仕事しているから、強く言わないでやってくれ」

「男共が仲良くしてるならいいけど。しかし、よくこの短時間で仲良くなったね」

仲良くやらないと忙しくて死ぬんだから、仕方あるまい。

みんな必死に頑張っているのだ。その結果、仲間の大切さを実感していた。

狭い空間でギスギスしてやりたくないしな。

運動部やオタクグループ関係なく、BGM代わりに動画を見ながら仲良く仕事をしている。

「まあ、話してみるといい奴等だからな」

「もえはガチで興味ないけどな」

めっちゃ嫌われとるやん。

萌花は、男子達には言えないレベルで、拒否反応を示していた。

俺も男子なので普通に心を抉られた。

陰キャだし、無自覚で嫌われていそうだからだ。

「ま、まあ、女子も女子で色々あるだろうから深くは追及しないが」

男子なんて基本的には馬鹿ばかりで、ドンチャン騒ぎをしていたら幸せな生き物だ。

頭が良いのにムードメーカーをしている萌花みたいなキャラと、小学生みたいなノリの馬鹿な男子とは、そもそもが合わないだろう。

「……俺は嫌われていないよな?」

「嫌いな人と会話するほど出来た女だと思う?」

「そうだよな。変なことを聞いてすまない」

「東っち、テンサゲ? もえが相談乗ろうか?笑」

メスガキのように悪巧みを考えている顔をしている。

慣れたから分かるが、彼女なりに励まそうとしているのだろう。

「今更で悪いが。色々手伝ってくれてありがとう。もえが居なかったら、準備の段階で辛すぎて挫折していたと思う」

「そんなことはないっしょ。東っちの頑張りやん。もえがやったのは文句言っていたくらいだし」

「それは違うだろ? みんながちゃんと頑張ってくれたから、美味しい紅茶やお菓子が食べられて、こうして忙しく働けるんだ。もえの頑張りだってみんな分かっている」

「ん。あんがと。もえを褒めるのは、東っちくらいだよ」

「他の奴は、もえの良さに気付いていないだけだろ」

「マジ卍それな」

「いや、意味分からんし。自分で断言しちゃ駄目だろうが」

「もえはもえだからね。あ、紅茶もちょうだい」

「この後も頑張ってくれよ?」

「まかせんしゃい」



萌花の休憩が終わり。

「お疲れ様。裏方は大丈夫?」

西野さんが休憩に入ってくる。

「ああ、問題ないよ。西野さんが表を上手く回してくれているおかげだ。助かる」

「ねえ、東山くん」

神妙な面持ちで話し掛けてきた。

「え? どうしたんだ?」

「東山くんが休憩中にベタ褒めしてくれるって言っていたけど、本当なんだね」

萌花さん?

その冗談はあかんやつや。

この流れは、西野さんを褒めないと好感度マイナスになるやつじゃないか?

西野さんとは仲は悪くないが、直線的な絡みが少ないので、気まずいんですけど。

二人で話すような内容がないし。

「取り敢えず、飲み物何がいいですか?」

「分かっているわ。子守さんの冗談でしょ? 本当に気を遣わなくてもいいからね?」

西野さんは優しいな。

奥ゆかしい性格であり、それでいて自立した女性だから人気もあるのだろう。


「へい、おあがりよ!」


「東山くん、何あれ?」

「一応、頑張っている掛け声かな……?」

俺にも分からん。

西野さんが相手だから張り切っているのかな。



次の休憩。

「疲れたぁ~」

「ああ、小日向か。おつかれ……」

小日向の顔を見たら、絶句してしまった。

褒めて褒めて褒めて。

お前は犬か。

目をキラキラさせていた。

しっぽをぶんぶんに振り回して舌を出して待機している犬と変わらないくらいに、ずっと待っている。

褒めないといけないのかよ。

「はぁ……」

小日向を褒めるのは、どうしても苦手なんだけどな。

小日向を甘やかすと、失うものが多い。

どうしたものか。

ーーーーーー

ーーーー

ーー

その後。

結局、全員のことを褒める流れになっていた。

何度も対応していくと、褒め言葉の引き出し足りないわ。

なあなあに話をすると、身内だから直ぐにバレるので精度は下げられない。

無駄に期待値上げられているので、残念そうな顔するやつもいるし。

「おいっす! あ~、疲れたぁ。なんか、頑張った分だけ東山くんが褒めてくれるんだって?」

休憩に入ってきて、運動部の女子がそう言ってきた。

「え? 身内以外も全員やるの!?」

マジで絡みがない人だぞ?!

まず誰だよ!?

趣味から教えてくれよ。


十二時過ぎ。

最初の二時間が終わり、十二時過ぎになると一般のお客さんも文化祭に参加出来るようになる。

参加出来るのは女性だけであったり、学生が渡している入場券が必要だったり、多少の条件はあるがそれでも我が子可愛さに文化祭を覗きにくるのが親心である。

何歳になっても子供は可愛いのかも知れない。

「忙しいんだけど……」

だが、俺の母親は別に来なくていいだろ。

裏方で仕事している最中に呼び出されたので、若干イライラしていた。

俺の母親含めて、よんいち組のママさんが揃い踏みで出迎えていた。

秋月さんのお母さんは海外の為に不在。

端から見たら、優雅に紅茶を楽しむママさんグループであるが、俺からしたら不安の種でしかない。

特に母親。

「あらあら、ハジメちゃんがピシッとした格好してる。めっさ可愛いわぁ~。はかどるぅ~」

スマホで写真を撮っている。

息子相手に、スマホの連写機能を使っているのは母親だけだろう。

野郎を撮って何が楽しいのか分からんが、店内は普通に撮影禁止だ。

メイド撮影禁止の張り紙がでかでかと張ってある。

あ、でも、野郎はメイドじゃないから、ある意味セーフなのか?

そんなことはさておき、何で俺がこの空間に呼び出されているのか。

母親がいるのに、娘達いないし。

いや、普通に気まずくて逃げていた。あの白鷺でも実の母親と絡むのは嫌なのか。

なら何故、俺をこの場に呼んだ。

当然のごとく、生け贄にするなよ。

「それで、何の用なんだ?」

「あら、別に理由はないわよ?」

なんやねん、こいつ。

実の母親であっても、イラッとしたぞ。

俺達の空気感を察してか、小日向のママが仲介してくる。

「ごめんなさい。私のわがままなの。せっかくだからお話したくて呼んでもらったの」

「いえ、それなら全然構いません」

「ハジメちゃん、ママに優しくしてよ?!」

するわけないだろうが。

俺が被害を被る大体の原因はアンタだろうが。

「大丈夫? 迷惑じゃないかしら?」

「娘さんにもお世話になっていますので、これくらいはしないといけませんから大丈夫です」

「……お世話になっているのは風夏でしょう?」

否定しづらい。

まあ、事実そうかもしれないが、小日向には小日向の良さがあるし、そこに助けられていることだってある。

「小日向さんは、ああ見えて文化祭の功労者ですし、分け隔てなくみんなと話してくれたのは彼女ですから、口下手な俺の代わりに色々やってくれましたよ」

「あの風夏がねぇ……。もうちょっと女性として落ち着いてほしいのだけど」

「……娘さんは、感性に任せて直情径行する傾向はありますが、あれでいいと思いますよ。いいところはちゃんと見てますから」

小日向は、よくある優等生タイプでもないからな。

はしゃぎ回りたいわんちゃんに服を着せるようなものだ。

小日向が女性らしく清楚になったところで、ストレス感じてしまうだろう。

それなら自由にやらせていた方がいい。

「冬華さんはどうですか?」

「バカ娘はどうしてる?」

「うちの麗奈ちゃんは?」

だから、秋月さんは秋月さんの家の子だって言っているだろうが。

何でうちの子になっているんだよ。

さも当然のように話すから、素で流すところだったわ。

「みんなよくやってくれていますよ。最近は毎日楽しそうにしてますし、日常でも助けてもらうことばかりです」

これは世辞ではなく本心である。全員優秀だし、精神的にも俺よりもしっかりしているので、フォローしてもらうことも多い。

小日向とかは私生活のアホな部分が目立ちやすいが、あくまで話に出てくる場面がプライベートだからだ。

彼女の本職であるファッションのことや、イラストの配色などの専門的な内容はプロとして意見してくれている。

ファッションの時は妥協しないし、メイド服の管理やアイロン掛け。細かい部分まで彼女一人でやっていた。

髪型のセットや、化粧だって彼女の領分である。

他のやつらだって、プライベートがボロカスな部分があっても、それを加味しても魅力的な部分は多いだろう。

全てが完璧だったら立つ瀬がない。

間が抜けているくらいが愛嬌というものだ。

とはいえ。

必要以上に褒めるのも恥ずかしいので、当たり障りのない内容で、彼女達の近状報告をしておく。

「メイド喫茶も楽しそうだものね。ああ、そうだわ。ハジメちゃん?」

母親はにっこりと大魔王の笑みを浮かべていた。

目に映るもの全てをゴミとしか思っていないやつだ。

この展開は、ろくなことがおこらないぞ。

「それで誰が一番可愛いと思うの?」

「は?」

「みんなメイド服を着ているでしょう? ハジメちゃんとしては、誰が一番可愛い??」

は?

目の前に親子さんがいるんだが。

嬉々とした表情をしている。

「えっと、答えないと駄目なのか?」

「それが『答え』なのね?」

「……」

「……」

「すみません。誰が一番とか、考えたことはありませんし、あったとしても俺には答えられないです。優柔不断で、すみません」

「それが答えでいいの?」

「ああ」

殺してくれ。

何で楽しい文化祭で、ママを前に修羅場を迎えないといけないのだ。

年頃の娘さんと交友関係を築くためには、親子さんを安心させるべきではあるが、ママに囲まれて針のむしろ状態なのはおかしいだろう。

付き合っていないし、手すら繋いだことないのに。

いや、渋谷で小日向と繋いだか。

駄目だ。

今思い出したら、母親に悟られる。

平然とした姿勢でいなくては……。

何度も思考を高速で回転させても、いい案が浮かばない。

「まあまあ。そういうのはウチの子達の問題なので、親が口出しするものではないですよ。……みなさんと張り合ったら、余裕で風夏が負けるから、争いたくもありませんし」

小日向のママは、顔を暗くしていた。

娘に対しては正当な評価を下しているけど、親としては擁護して欲しい。

あと、小日向可哀想だな。

「ママも可愛い娘がほしいの! 早く紹介してよ!!」

「あ?」

うちの母親は、私利私欲にまみれていた。

何かいつも以上に煽ってくるのかと思っていたが、自分のためにやっていただけであった。

みんなのメイド服姿が可愛くて、お持ち帰りしたがっていたようだ。

メイド好きな俺からしたら、気持ちは分からんでもないが、人様の娘さんを我が子にしようとするなよ。

駄目な娘で不服だろうが、陽菜で我慢しろ。

「はあ、ハジメちゃんの回りは可愛い女の子ばかりで羨ましいわ」

「まだ話が続くのか? 早く帰らせてくれよ。仕事を任せて来ているんだけど」

早く話を終わらせろ。

年を取ると話が長くなるから嫌だ。

同じママでも、天と地の差がある。

優雅に静観している白鷺のママを見習ってほしい。あれくらいの奥ゆかしい雰囲気が大人の女性であり、品位を感じさせるのだ。

「男の子は元気でいいですわね。お家が賑やかで羨ましいですわ」

「あら、冬華ちゃんはしっかりしていて、羨ましいわ。うちの娘はうるさいばかりで……」

再度、ママ同士で話し始めたので、様子を見て逃げ出そう。

タイミングを失う前に、数歩後退する。

「ハジメちゃん?」

「なんだよ……」

「露骨に嫌な顔をしないで」

思春期の男の子に絡んでいる時点で、重罪である。

あまり回りは見たくないが、このテーブル席は注目の的だろう。

「で、なんだよ」

「みんなの写真。後でママに送ってね? いっちゃん可愛いのがいいわ」

「嫌に決まっているだろ」

もういいや。

裏方に戻ることにする。

「あ~ん、待って~」

待つわけないだろうが。



「はあ……」

裏方に帰ってきた。

めちゃくちゃ疲れた。

「おかえり」

「ああ、一条か。代わってもらって、すまない」

「大丈夫だよ。今日の予約枠は全部埋まって、手が空いたからさ」

受け付け組は、手際よく回してくれていた。

こちらの奴等は、手が空いた人に紅茶の淹れ方を教えていた。

「あら、美味しい」

「手順通りに淹れるとめっちゃ美味くなるんだぜ。東山に教えてもらった」

キャッキャ。キャッキャ。

女の子か、こいつら。

紅茶の淹れ方を手際よく教えられたみたいで、嬉しそうにしている。

「他の男子もよくやってくれているから、心配しないでいいよ」

「仲良すぎて、あれはあれで心配だけど……。大丈夫なのか?」

「密集した空間に長時間いると好意を持つってやつじゃないかな? 面識の少ない同士が仲良くなるのはいいことだよ」

うーん。

楽しくしているならいいのか?

まあ、俺達も端から見たら仲が良すぎるように見えるかも知れないし、気にしすぎか。

「しかし大変だったね。好きな人の親子さんに挨拶するなんて、僕には無理だな」

一条なりに気遣ってくれているけど、外野の人間だから笑っていられるのである。

あくまで他人事だ。

実際に、お前が好きな黒川さんのママを相手にしたことがあったら、軽々しく冗談は言えないはずだ。

特にイケメンの一条なら、初見でも女性からの好感度は高いから、会話するのも苦労したことないんだろうけどさ。

「いや、一条も文化祭に親子さん来たら挨拶しておけよ。一緒に文化祭回る約束もしたんだろう? 」

「そうだけど、親子さんと挨拶するのは早くないかな。こういうのは何回かデートしてからの方が……」

「次の機会があるか分からないのに、後回しにするのか? 俺の知っている一条はもっと誠実なやつだと思っていたんだがなぁ……」

俺個人の考えとしては、好きな人のママとの挨拶ですらひよるやつに、娘はあげられない。

普通の親であれば、不利な状況でもちゃんと挨拶をして、自己紹介が出来る男性でないと娘を任せられないだろう。

続けて問い質す。

「親に認められないで、真の意味で彼女を好きって言えるのか?」

「はっ! そうなのか……。そうだね。ここで逃げるような男は、黒川さんには相応しくないよね」

それは知らん。

俺と同じ地獄を味わってほしいだけだし。

でも、一条が黒川さんと仲良くなれるなら、親子さん含めて接点は多い方がいい。

文化祭だけの関係で終わる場合だってある。

今のうちに頑張るのは、悪いことではない。

頑張る方向が親子さんと挨拶することなのが、正解かは知らないが。


「分かった。ちゃんと挨拶するよキリッ」


「そうか。流石、イケメンだな」

一条の真面目さは美徳である。

イケメンだが自惚れることなく、他人の意見をちゃんと聞き入れながら頑張っている。

ただ、回りは他人の恋愛を煽るのが大好きなやつばかりだから、鵜呑みにしない方がいいぞ。

俺も他人の恋愛だから、かなり適当である。

黒川さんとは相思相愛で、ほぼ勝ち確定だし。

一条の決意表明の証人として、萌花と白石さんを呼び出す。

「かくかくしかじか」

二人に説明をする。

「おけまる」

「おけぴ」

「何で二人に説明するんだい?」

「土壇場でひよったら、二人がボコボコにしてくれる」

「え? ボコされるの?」

一条さん絶対、ひよるじゃん。

その為の武闘派を揃えています。

「任せろ」

「やったるでぇ」

冗談だろうが、ボコす前提で武装を用意していた。

白石が用意した武器の飲み物を運ぶトレイはまだしも、萌花に至ってはメリケンサックを握っている。

北斗の拳で出てきそうな鋭いやつだ。

何で当然のごとく、メリケンサック持っているのかは知らん。

「クソ兄のやつ。いらないからってもらった」

「それも知りたかったけどさ。いや、何故学校に持ってきている??」

「何かあったら、東っちをボコす用」

ええ……。

俺はともかく、他の男子も引いていた。

萌花を敵に回すのはやめておこう。



その後、一条は無事に挨拶を済ませていた。

黒川さんのママに普通に挨拶して、仲良く雑談している。

山も谷もなく、修羅場も発生していない。

どうぶつの森みたいなスローライフである。

黒川さんと一緒にイチャイチャしているのを、間接的に見せ付けさせられていた。

他の独り身女子の脳が幾つか壊れていただろうか。

会話内容は分からないが、雰囲気だけで上手くいっているのが分かるのだった。

黒川さんのママと連絡先を交換しているあたり、やっぱりあいつフットワーク軽い。

陽キャだな。

百点満点の対応をして、意気揚々と裏方へと帰って来た。

「いやぁ、大変だったよ」

「なめんな」

「え?」

「俺達は苦悩する一条の姿が見たかったんだ。何で普通に、挨拶をこなして帰って来たんだよ!」

「ええ……。当事者としては、かなり大変だったんだけど……」

頼むから、俺の半分くらいは苦労してくれ。

黒川さんのママと何を話したのか、裏方の野郎同士で、仕事をしながら聞き出すのだった。

当たり障りない会話がメインだったが、ふとした瞬間に一条が声を上げた。

「あ! そういえば、今度家に遊びにきてって言われた」

こいつ、かなり重大な内容を、あっけらかんと言うなよ。

普通に親公認じゃないかよ。

恋愛脳で判断能力鈍くなっていないか?

一条の知り合いの運動部に聞く。

「一条って前からこんなやつなのか?」

「もっとまともだった。いや、こんなもんだったか? こんなもんだな」

付き合い長い連中ですら引いていた。

「う、うん……」

まあ、上手くいってよかったのか?

色々あり過ぎて、ドッと疲れた。

次のドタバタまでは少しだけゆっくりしよう。



後半に続く。

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