第17話 レーゲラ城はバロス家が乗っ取りました。 ~魔王から特に異論はなかった~

 下剋上システムを大いに活用して魔国議会の淫乱宰相を討ち果たし、議会のトップに究極の下剋上をキメれば盛り上がるのではないか、いやさ、絶対に盛り上がる。

 伝説的な配信者、つまり勇者エリリカの誕生だ。


 そんな感じで今後の方針が決まり、長い1日が終わろうとしていた。


「あ。お父様、少し失礼してもよろしいですか?」

「いいとも。ガイコツくん」


 ザッコルが謎の詠唱をすると空間が歪んだ。

 その歪みに向かって威厳ある低い声を投げ込むガイコツ魔王。


『ふっはっは。退勤時間である。明日と明後日は休みであるからして、残業は許さぬ。魔族は先に帰るのだ。人間どもと同時に出口に殺到すると脆弱な生物が圧死するゆえ。人間ども。貴様らは食堂へ向かえ。残飯がお似合いだ。ふっはっは。1人につき6食まで持ち帰る事を許可する。扶養者がいる者は余分に持ち帰るが良い。ふっはっは。残飯の処理が捗るわ。食堂の魔族に告ぐ。保存状態には気を付けよ。人間どもの胃は弱い。下僕が休み明けに減れば魔族の負担が増えるのだ。さあ。仕事は終わりだ。失せろ!!』


 退勤時間になるとザッコルがお知らせの放送をするのがレーゲラ城の習わし。

 人間の職員には食料が配布される。

 給与は別勘定でもちろん支払われるが福利厚生として食料の給付がレーゲラ城では行われており、これを魔王ザッコルは「これが我の給付政治よ。ふっはっは」と高笑いする。


 配信者が来ればウキウキで殺すが、職場に私情は持ち込まない。

 魔王としてのザッコルの矜持である。


 そのためレーゲラ・ハァァンでは城勤めを希望する人間が他のハァァンよりもかなり多く、役所としての機能もプロヴィラルの平均水準を大きく上回っている。


「シカさん。いいっすか?」

「あ。はい。マロリ様はお帰りになるのでは?」


「あの。……変身したら! ワンチャン、魔族と人間の中間みたいな感じで! 食堂の列に紛れ込んでも分かんねぇんじゃないっすかね!!」

「お土産希望でしたか。じゃあオレがご案内するので。ご家族の分もいります?」


「マジすか!! おっしゃ! 変身!! ちょ、なに見てんすか!! シカさん!! ったく、仕方ねーんすから! 特別っすよ!! や、マジでシカさん良い鹿っすね! あざっす!!」


 この数時間であれほど恥ずかしがっていた魔法少女に変身する過程が驚くほどスムーズに舗装されたマロリ。

 やはり人の心を動かすのは豊かな生活。


「お疲れっした!! エリリカ! 仕事の連絡は端末に頼むっす! じゃ!」


 マロリが魔法少女のまま食堂に寄って帰って行った。


「あれ? セフィリアさんは帰らないんですか?」

「そうですね! 飛行魔法を使えるじいやを呼んでも良いのですが! わたくし、マスラオ様の子孫が欲しいので!! しばらく同行したいなと思います!!」


「えー。お父さんのどこがいいんですかー?」

「エリリカさん? さては血のつながりがないと分かった途端にマスラオ様と禁断の恋を始めるつもりですね!?」


「あ。それだけは絶対にないです」

「ふっふっふ! わたくしに隠し事はできませんよ!! いとアホしき娘の卑しき心の内を示せ!! ……あ。ごめんなさい。本当にこれっぽっちもなかったですね。心の中はとてもお花畑でした」


「だって! お父さんですよ!? どうやったら恋愛感情とか抱けるんですか!? 無理です、無理!! 一昨年からお父さんが先にお風呂に入った時はホゲーおじさんの家にお風呂借りに行ってますもん! 絶対に無理!!」


 マスラオが静かに息を引き取った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 30分ほどで息を吹き返したマスラオがザッコルの肩を抱いて何やら交渉していた。

 ニポーンでは輩と呼ばれる者が使う魔法の1つで、肩を抱かれたら最後、要求に応じるまで顔を接近させられての恫喝や、腹部を目標に拳をもちいた殴打などで積極的交渉が続けられる。


「え゛。マスラオ様……? あの、村にお帰りにならないので? あ、ああ! 御足がないのでしたら! 竜車を出しましょう! 速いですよ! うちの竜! 空飛ばない種なので、走力に特化してまして!!」

「……辛い」


「は? なんと?」

「エリリカちゃんが私にね、お風呂先に入って良いよー! って笑顔で言ってくれてたのに!! その後でどっかに行くのなんでかなと思ってたら!! ホゲーさんの家でお風呂入ってた!! 私ね! この感情のまま村に帰ったらホゲーさん殴りそう!!」



「我の骨を砕いた手首のスナップで、人を……!? ヤッコル!! ヤッコルぅー!! お部屋を用意しろ!! 我の管轄地域で殺人事件が起きる!! 未然に防ぐにはこれしかない!!」


 「もうご用意済んでます」と言ってバロス親子を案内して行くシカの後ろ姿を見届けたガイコツは「……あやつ、上位魔族に昇進させよ」と決意した。



 レーゲラ城は夜勤担当の職員が寝泊まりする施設も完備されている。

 そこをスルーして、貴賓室へと案内されたバロス親子とセフィリア。


「シカくん!! 部屋が1つしかないけど!!」

「あ。まずかったですか? お父様の事ですので、エリリカ様と離したら壁くらい殴って破壊されるかと思いまして」


「私は大歓迎!! けど! エリリカちゃんが嫌でしょう!! 一緒に寝てたの7歳の時までよ!? こんなのラッキーでも何でもない! お父さんが嫌われるリスクしかないんだ、シカくん!!」

「え? 別にいいよ? お父さんと一緒で」



「シカくん。さっきガイコツくんの骨をへし折ったヤツね。これ、あげるよ」

「いや。結構です」


 マスラオの中でヤッコルの評価が上がった。



「わたくしは何も問題ありませんので! ささ! お部屋に入って着替えましょう!!」

「え、エリリカちゃん? さすがにセフィリアちゃんはまずいよね?」

「え? あたしは別にいいよ? みんなでお泊りとか楽しいじゃん!!」


「じゃあいいか!! 私、娘のお友達の裸見ても何も感じないと思うし!!」

「マスラオ様!! わたくしが色々と感じます!!」

「わー! ベッドがふかふか!! 村のベッドってベッドじゃなかったんだ……。あれ、木だよ……」


 エリリカとセフィリアが普通に着替えて、ルームウェア姿に。

 マスラオは仕事を終えると上半身は裸で過ごすスタイル。


 エリリカは慣れているので何も言わず、セフィリアに関しては「はぁはぁ」と呼吸が荒くなっただけで言葉を必要としなかった。


 ヤッコルが貴賓室のプレートを外して『勇者様御一行』と達筆で記された白く光るプレートに差し替えた。

 先ほどマスラオから渡されたザッコルの骨を加工したものである。


 ヤッコルは原初の教えに記されている文字を美しく記す技術シュゥゥジィィを習得しており、レーゲラ城にある案内板の作成も全て彼が担当している。


 今日から勇者と勇者の父と鑑定士が城に住むこととなった。

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