第10話 魔法少女 マロリ・マロリン

 マロリ・マロリン。

 彼女を覆っていた魔力が衣に変異し、つま先から順番に鮮明な姿を現していく。


 青いブーツが生成され、フリル多めのニーソックスが続いて出現。

 元々穿いていたショートパンツは消失しスパッツになる。

 謎の光が輝きを増したかと思えば極めて丈の短いプリーツスカートが裾にフリルを携えて装着。


 ノースリーブのシャツも消え失せ謎の光が仕事を開始。

 それは意味があるのかと首をかしげたくなるシースルーのインナーが腹部から胸部ギリギリまでをカバーし、申し訳程度の装甲が慎ましい胸部を包むと青と白のこれまた防御面で活躍するのか疑問の残る布面積のローブがマロリの肩に引っ掛かる。


 最後にショートボブの黒髪にリボンが装着されると、彼女を覆う光は消えてなくなった。


「……ちが、違うんすよ。……や。……マジで」


 騒がれるのも嫌だが、誰も何も言ってくれないのもすごく嫌だ。

 そんな空気に耐え切れず、マロリは涙目になって弁明を試みたが、大きな歓声でそれはかき消された。



「わっ! わぁー!! 魔法少女だ!! 魔法少女!! お父さん、あの子!! 魔法少女だよ!! ね! ねねね!! あたしと小さい頃に一緒に見てたでしょ? 覚えてる!? 配信にちょー向いてるって言われる職業!! 魔法少女!! 最近はあんまり見かけなくなったけど!! 本物だぁー!!!」

「ゔぁ……!! この場で1番大人しそうな子に食いつかれたっす……! もうダメっすね。死ぬっすわ……」



 マロリが戦うために変身したのに、ぺたんと地面にしゃがみ込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔法少女はニポーンから伝わった一際異彩を放つ魔法使い職の1つ。

 魔力を変異させて闘衣を発現させることから『魔装魔導士』と呼ばれていたが、原初の教えを伝え続ける者の中に魔法少女ガチ勢が存在したため、いつからか魔法少女としか呼ばれなくなった。


 エリリカが言ったように、近年では数が減っている職業の筆頭。


 魔法使いは攻撃に際して「魔力を込める」から「放つ」で完結する。

 対して魔法少女は「魔力を込める」から「変身する」を経て「変身完了」に至り、そこから「攻撃に移行する」という工程を踏まなければならず、同じ魔力量を持つのであれば普通に魔法を使う方が手間も少なく威力は高い。


 熟練された魔法少女は変身する事で大きく力を増すが、それでもデメリットは多い。


 変身する際にどういう訳か1度服がキャストオフされる。


 一瞬とはいえ、あられもない姿になるのだ。


 これは何人も、何百人もの魔法少女によって改善が試みられたものの、結局どうにもならなかった。


 毎度の事で慣れているのでははないかと思われがちだが、普通に毎回恥ずかしい。


 さらに魔法少女という名前が浸透してしまった結果、職業寿命が極めて短い。

 20代半ばが限界とされており、それ以降の年齢になると「合法魔法少女」や「魔法少女だった人」などと呼ばれ、最悪の場合「魔法ババア」と呼ばれる。


 魔女という職業が既にあるため、魔法少女が年を取り行き着く先は魔法ババア。



 数も減るはずである。



 マロリン家は代々魔法少女を輩出してきた名家。

 そこの娘は皆が同じ苦しみを背負い「生まれてくるのは息子で! 息子で!! 息子、息子、息子、むす……娘だった。じゃあ魔法少女になるのよ。あなたも」と、娘が生まれた瞬間に「まあ私も半ば無理やり家業継がされたから」と諦める。


 乳飲み子が母親に「魔法少女はとっても素晴らしいのよ。可愛いし。若いうちは可愛いの」と育てられれば、思春期を迎える時分までは疑いなく「そうなんだ!!」と頷く。

 そして思春期を迎えた頃には「ゔあ゛! 魔法少女なんて世の中に全然いないし!! どうすんの、これ!!」となる。


 どうにもならなかったので、マロリは魔法少女を隠し、世を忍ぶ仮の魔法使いとして生きて来た。


「わー! わぁー!! わぁぁぁー!! お父さん、お父さん!! 撮っていいかな!? 勝手に撮るの良くないよね!! でもでも!! 憧れの魔法少女だよ!?」

「ダメだよ、そういうの。エリリカちゃんが悪い子になるでしょ?」


 マロリはもう戦いよりも後ろの方で騒いでいる親子の動向が気になって仕方ない。

 そして、父親が思ったよりも真っ当な事を言うので少しだけ笑顔になった。



「私が撮ってあげる! エリリカちゃんは隣で指示出して! 全部ね、お父さんがやった事にするから!! どうする? 下から舐め回すように撮る? ああいうのってアレでしょ? コスチュームに需要があるから! お尻撮っても平気なんだよね? あんなにスカート短いし! なんかインナー見えてるし! きっと見られる前提なんでしょ!!」


 マロリの表情が死んだ。

 続けて「なんすか、あのおっさん。マジでクソなんすけど」とマスラオに殺意を向けた。



 目の前には興奮している藻もいた。


「モッコル、感動!! 魔法少女ってレーゲラ・ハァァンにもいたのか!! モッコル、質問!! マロニーの服って攻撃したらどこまで破ける!? 半分くらい脱げるようにちゃんとなってる!?」

「……ちっ」


 マロリがとてもよく響く舌打ちをした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 モッコルは藻を自在に操る事ができる。

 藻の集合体の魔族なので、そのくらいできないとアイデンティティに関わる。


「モッコル、やる気ビンビン!! 『もっこりカッター』!!」


 撮影され始めた魔法少女マロリ。

 視聴者の期待に応えるように、モッコルは藻を鋭利な刃に変質させた。


 大量の『もっこりカッター』がマロリに襲い掛かる。


「ざっけんなっすよ……。どいつもこいつも、とりあえず魔法少女見かけたら衣装破るとこから始めやがって。そんな手加減されて、どぞどぞ! ってサービスするわけねーんすよ!!」


 マロリの体から魔力が噴き上がった。

 これは余談だが、魔法使いは魔力を放出させる場所で最も簡単なのは足の裏とされている。


 マロリもそこから魔力を噴出させるので、必然的に巻き起こる。

 風が。下から上に向かって。



「モッコル! もっこり!! スカート捲れ上がってるね!!」

「死ね!! ……なんで名前叫ばねーとこの魔法使えねーんすか!! ああ! もう! 『マロリンピュアリン・シューティングスター・キック』!! ……クソがっ!!」



 やさぐれキックでモッコルが爆発四散した。


 そこに佇む魔法少女はとても儚げで、エリリカのアカウント収益が爆発的な上昇を見せたのだが、そのお話についての行先次第ではさらに血の雨が降るかもしれない。


 観測者諸君は心の準備をするべきだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る