第8話 鑑定士はだいたいなんでも分かる。知りたくない事だって。 ~村娘(暫定) エリリカ・バロス~

 ヤッコルの下半身から紫色の血が噴水のように噴きだしており、これは余談だがニポーンではクリスマスと呼ばれる選ばれし者の祝祭に合わせて街が赤や緑やどどめ色、そして魔族の鮮血色に染め上げられるという。


「……お父様。我がヤツの始末を致して参ります」

「ガイコツくん。娘と娘のお友達が見てるのにそういうのは良くない」


「あたし平気だけど! だって、元々はザッコルさんを殺しに来たんだし! それを配信しに来たんだし!!」

「エリリカちゃんがバイオレンスに!! ガイコツくん!! 生き返らせなさい!! あのシカくんを!! とりあえずきたねぇ噴水止めて!!」


「拝承」


 ザッコルが駆けて行った。

 骨しかないのに異常な脚力で瞬く間に要救助者としてはもう手遅れ感の強い部下が噴水している現場へと到着、何やら聞き取れない詠唱をして光を浴びせ始めた。


 その様子を見ていたセフィリアが両手をたわわな胸の前で合わせて感激する。


「まあ!! バロス様!! 魔族を使役されておられるのですか!! すごい!! 鑑定した通りです!!」

「えへへ! そうですか? あたしってそんな才能があったんですね! えへへへ」


「バロス様! どちらでこのような異能を身に付けられたのですか!?」

「んー。分からないですけど! なんでしょう? カリスマ性みたいなものって急に生えて来るんですかね! えへへへへ!!」


 セフィリアが見つめる先には少女のバルス様ではなく、おっさんのバロス様がいる。

 彼女の大きな瞳から放たれる視線はまったく動いていない。


 マスラオの胸に嫌な予感が急行で到着した。


「あの……。お嬢さん?」

「はい! バロス様!!」


「えへへへ! 照れますよー!!」


 マスラオの全身から血の気が引いた。

 お父さん脳は高速回転を繰り返し、思考演算をわずか数秒で完了させる。


「私はただの牛飼いですが!!」

「ご謙遜なされる事は美徳ですが、わたくしはもっと堂々と己が才を誇られる方がよろしいかと思います!!」


 ここに来てエリリカも気付く。

 どう見てもセフィリアの笑顔に「ぱぁぁ」と書き文字のエフェクトが出ているような気がして、それが気のせいではない事に気付いた。


「あ、あれ……? えと……。セフィリアさん?」

「なんですか? エリリカさん!」


「あたしじゃなかった!! 様付けされてるのお父さんだった!! チヤホヤされてたのも!! お父さんのバカ!! もう知らない! バカぁ!!」


 マスラオが崩れ落ちるように倒れると、既に呼吸が止まっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ザッコルがヤッコルの肉体を再生させた。

 魔王になるとある程度の魔族の肉体は原形を留めないレベルに粉砕されても肉片さえ残っていればかき集めて修復できる。


 セフィリアが魔法ではなく杖でぶん殴って四散していた事が功を奏した。


「ザッコル様。何してくれるんですか。死ぬ前に助けてくださいよ、見てたなら。いつも言ってるじゃないですか。人間の命など取るに足らぬ。後ろから刺しても心は痛まぬ。むしろ愉悦よ。ふっはっは。とか」

「黙れぃ!! ヤッコルぅ!! 貴様はまた死にたいのか!! 貴様を殺した女も充分に頭おかしい領域だが、あちらのマスラオ様はもう考えるのがダルい領域に到達しておられる! 不興を買うと……我も死ぬ!!」



「え。じゃあ服従しましょう」

「我は既に済ませた。貴様も早いところ済ませろ」


 レーゲラ・ハァァンの魔族は生きる事に貪欲で、臨機応変であった。



 ザッコルがヤッコルを連れてご挨拶に戻ると、マスラオが静かに息を引き取っていた。


「ええ……」

「お父さんのバカぁ!! 最低だよ! 娘から人気を奪うとかさ!!」


 事情は掴めないが「これは好機! ふっはっは!!」と叛逆する士気はもうザッコルに残っていない。

 「どうせこの人、娘さんにお許しを得たら生き返るんだ」と冷めた目で見つめるガイコツ。


 どこが目なのかは未だに不明。


「ええと……。すみませんでした。まさかエリリカさんがご自分を特別な存在だと信じて疑われていないとは気付かずに、わたくし酷い事を。分かります。そのお年頃でしたらよくある事です」

「うわぁぁぁん!! セフィリアさんが丁寧口調で殴って来る!! お父さん! もういい加減に起きてよ!! あたし辛い!!」


「えっ!? エリリカちゃん!! お父さんを呼んだ!?」


 マスラオが復活。

 ザッコルとヤッコルが小声で情報交換を済ませる。



「そら見たことか」

「本当だ。マジで恐ろしいですね。どうなってんだろ、この人の構造」


 簡単に挨拶を済ませたヤッコルにマスラオは「あ、はい。よろしくね」と応じた。



「この国を良い方向へと導かれる名をチョロス家は鑑定しました! それがバロス様!! あなたです!!」

「……くすん」


「うん。分かった。セフィリアちゃんの言い分は理解したよ。……それって娘と1セットにできませんか!!」

「えっ!? ……そうですね。そちらの方が気分はアガりますか?」


「そちらでないと心臓が止まります!!」

「大変!! では、バロス様はエリリカさんとマスラオ様でセットにしました!!」


「い、いいの? やたー!!」


 魔族たちが情報交換。



「良いんですか?」

「黙れ。我らは意見を求められていない」



 鑑定士とは鑑定魔法を専門に扱う職業として知られている。

 一般的にレベルで表されるその者の熟練度や、魔法の真名、道具の識別、古代語の解読、目の前にいるおっさんが日に何回トイレに行ったかなど、鑑定して分かる事は多岐にわたる。


「あの! あたしも職業鑑定受けたいです!!」

「エリリカさんはまだしておられないんですか?」


「はい! 魔法使える人がそもそも村にいませんでした!!」

「そうですか! では、謎を秘めしよく分からぬ娘の真なる姿を本当に示せ!! 『鑑定調査リサーチ』!!」


 わずかな時間で物事の本質を捉えられる鑑定魔法はプロヴィラル全土で重用されている。


「エリリカさんは村娘ですね!!」

「そうなんですか!! へー!! むら……むすめ……。それ、職業ですか……?」


「そう鑑定されました!! 胸を張って村娘と名乗ってください!!」

「むら……むら……」


 力なく俯くエリリカ。金髪が顔を覆ってモップみたいである。

 娘が落ち込めば隣でエールを送るのがお父さんの務め。


「エリリカちゃん! ファイト!! 大丈夫! 胸張っても良いくらいにおっぱい成長してるから! 可愛いよ!! ボインな村娘目指して成長して行こう!!」

「もぉ! お父さんのバカ! デリカシーない!! サイテー!! 嫌い!!」


 マスラオが膝から崩れ落ち、静かに息を引き取った。

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