第5話 ガイコツ、骨も心も折れる ~僧侶の娘が今頃やられてると思うので、エリリカ様はそちらで改めて配信されては……。あ、はい。もちろん八百長です。~

 魔王に迫るマスラオ。

 笑顔で端末のレンズを向けるエリリカ。


 「なんやこいつら。人間ってこんな残酷になれるん?」とザッコルは恐怖した。

 自分のやって来た事を他人にやられてそれがどれほど酷いものだったかを思い知るのは魔族も同じらしく、事ここに至ればもはや無意味と分かっていてもザッコルは足掻く。


「待て。人間よ」

「待たない。クライマックスはこれからだ」


「よ、よし。ならば聞け」

「うるさい。娘が待ってるのよ」



「このガイコツめの卑しい言葉をお聞きいただけないでしょうか!!」

「最初に口を砕こうか!!」

「ダメだってば! 音声なしになるじゃん! お父さんのボイスオンリーとか罰ゲームだよ!! あ! エリリカオンリーだと逆にありかな!? アテレコしようかな!?」


 初めて人間に対して敬語を遣ったのに無視されたザッコル。



「お待ちくださいましぃ!! 改心いたしましたぁ!!」

「君はこれまで命乞いをする人間に対してどうしてきた? それが答えだよ」


「お父さんさ。いきなり偉そうなこと言い出さないでよ。恥ずかしいなー。偉そうなこと言うのは本職で牛のおっぱいいじってる時だけにして!」

「え、エリリカちゃん!? 女の子がおっぱいとか言っちゃいけません!!」


 配信したい娘。

 娘に構われると殺意が消える父親。


 付け入る隙はここしかないとザッコルは見定める。

 伊達に魔王をやってはいない。

 ハァァンの統治が仕事なればこそ、人間の生態系には一家言ある。


「もっと良い画を撮りたくはありませんか!! お嬢様!!」

「えっ!? 撮りたいです!! あたしメインが良い!! やっぱりおじさんが骨振り回すより、女子がスカートをヒラヒラさせる方が映えると思います!!」


「左様ですよね!!」

「ガイコツくん」


「はい、お父様!!」


 マスラオが笑顔で言った。



「娘にスカート振り乱せって? あろうことかパンツ見せろって? 君、今すぐ粉々にして牧草と混ぜるために持って帰るよ?」

「ああー! ごめんなさぁい! そういう意図はございませんでしたがぁ!! ちょっとガイコツ配慮が欠けておりましたぁ!!」


 娘を立てれば父親は止まるが過剰に立てると父親が迫る。

 これをニポーンでは地獄のピタゴラ装置と呼ぶらしい。



 ザッコルの命を守る孤軍奮闘は続く。

 当人も自業自得を理解しているので多くは望まない。


 ただ、生き残りたい。

 そのためならば魔族の誇りとか簡単に捨てる。


 そもそもガイコツの魔族は生きているのか死んでいるのか。

 自我が生まれた時にはもう白骨化していたのでザッコルには分からないが、今はその白骨が愛おしい。


「この城にはですね! 我よりも派手な戦い方をする魔族がおりまして!! そっちに行かれると! なんかもう、多様な戦闘シーンがございます!!」

「ガイコツくん。君、仲間を売るのかい?」


「いいえ! 我は魔王! ヤツらは中位魔族!! これはもう生物としてのカテゴリーが違います!! お父様はお牛様をお育てになられておられるとか! 娘様とお牛様は同列に扱われませんよね!?」


 言い終わってザッコルは「あ。こいつが生きとし生けるものを尊ぶタイプだったら我、死んだ」と思った。

 彼は生まれて初めて冷や汗で背中がヌルヌルになったという。


 ガイコツが汗をかくメカニズムはよく分からない。


 マスラオが答えた。



「それはそう! ガイコツくん、ちょっとだけ話が合うね!!」

「ですよねぇ!! じゃあご案内します!! 火を噴くヤツと藻の塊みたいなヤツだとどっちがよろしいです!? あ! どっちも! そうですね! どっちも殺しましょう!! 派手に!! ええ、ええ!!」


 ザッコル、部下を売る。



 牛飼いだって経営が苦しくなれば牛の数を減らす。

 だったらこれは経営戦略。


 ザッコルは悪くない。

 魔王に倫理観を求めてはいけない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔王が先頭になって城の廊下を歩き3番闘技場へと向かう。

 道中にある煌びやかな調度品やフカフカした絨毯、寝心地の良さそうなベッドなどがバロス親子の目に留まる。


「ザッコルさん!」

「はい、エリリカ様! 全部差し上げます!!」


「えっ。違う、違いますよ! 人間の職員の方もいるじゃないですか? それでザッコルさんは人殺ししてるんでしょ? 気まずくないのかなって思いまして」

「え゛っ。……あの。今、すごく気まずいです」


 マスラオが娘を嗜めた。


「エリリカちゃん? 世の中ってそういうものだから。魔国歴始まって何百年になると思ってるの? 私たち税金払って魔族から公共サービス受けてるんだから、まあ平等求めるのは間違ってるよ。立場は一緒! 真の平等!! とか言うけどね? 同じ立場だったら人間の面倒なんか無視して家族のために私腹を肥やすよ? 私なら」

「お父様……!!」



「君ね! さっきから私をお父様って!! ガイコツに父と呼ばれる覚えはない!!」

「ええっ!? 笑顔なのにですか!? では、マスラオ様!!」


 娘の前で一度は言ってみたかったセリフを吐き出せて、マスラオはとてもいい気持ちになったという。



「うへぇー。お父さんのそーゆうとこ嫌いだなー。なんでー? みんな幸せなのが1番じゃん? そーゆうことを大人が言うからさ、それを見て成長する子供も似たような価値観持つんじゃないのー?」

「ガイコツくん」


「はっ。全て我の不徳の致すところでございます」

「君。殺さないから世直ししなさいよ。プロヴィラルの抜本的改革しなさい。エリリカちゃんの言う事聞いた? もう心が綺麗とか超えて透き通ってるよね」


「……………あ! 着きましてございます!! 確か1人、女が挑んでいたはずですが! もう終わっているかと!! ではね、エリリカ様! 我が指示しますので、あとは流れで! バッチリおキメくださいましぃ!!」

「よいしょ……。ほら、お父さん! インナー穿いたから! これでスカート捲れてもいいよね!!」


「よくないよ!? エリリカちゃん可愛いから! もうスカートが捲れる事に興奮する輩しかいないんだよ、画面の向こうには!! くそ、ズボン持ってくればよかった!!」


 八百長配信をするために部下を生贄にするザッコル。

 3番闘技場の扉を押し開けた。


 いつもよりもずっと重たく感じる扉に「我は心の底から生きたいと渇望している……!!」と確信する魔王。


 この城の闘技場は全て引き戸である。

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