第3話 お父さん マスラオ・バロス

「はぁ!? なんで来てんの!? お父さ、こほん。……親父!!」

「ふっはっは。どうした。さっきまで割と親し気にお父さんと呼んでいたのに」


「は、はぁ? はー? なんですけど! 呼んでないですし!!」

「反抗期ではないか」


「いないって言ってください」

「ふっはっは」


「あたしはもう死んだって言ってください!! なんか気まずいから!!」

「ふっはっは。小娘。さてはクソバカか? ふーっははは」


 ザッコルがまったく楽しくなさそうに笑ってから言った。



「お父さんと会うのが気まずいから死んだ事にしろと? 小娘、悪い事は言わん。帰れ。魔国立学校のパンフレットあげるから。小娘には知恵が足りない。バカをなぶり殺したら我も馬鹿にされる。もうどっか行け!!」


 「骨が良いヤツ」と大量のコメントがリアリアに流れる。

 エリリカが戦っている自損事故してた時には誰も反応しなかったのに。



「お邪魔します!! 勇者の父です!!」

「良いと言っていないのに入ってきおったわ」


「ホントそれ!! 勝手なことしないでよ、お父さん!!」

「似た者親子ではないか」


 眼鏡をかけた屈強な男が扉を強引に開けて闘技場の中へとやって来る。

 この扉は全自動で開閉が行われるタイプであり、強引に開けようとすれば牛が10頭は必要なほどの重量。にも関わらず、男は1人で軽々と押し開けた。


 なお、扉は引き戸である。


「エリリカちゃん!! 言いなさいよ、もう! デビューって今日だったの!? お向かいのホゲーさんから聞いたよ! ちゃんと準備もしないで! ほら、これぇ! なんか戦う女の子がミニスカートの下に穿いてる黒いヤツ! 忘れたでしょう!! なんて恰好で配信してるの!! スカートの下はどうなってるの!?」

「あー! もぉー!! ウザい!! 良いでしょ!! 別に! スカート捲れるくらい! いっそ視聴者増えるまであるよ!! ていうかさっき、多分パンツ見えてたし!!」


「お父さんね、配信とかよく分かんないけど、そういうのダメなんじゃないの!? ねぇ! ガイコツ!!」

「ふっはっは。なんやこいつ。娘の100倍なんやこいつ」


「ガイコツぅ! 娘が今ぁ! リアルタイムで生足晒してんだよ! それどころかパンツ晒した可能性まで浮上してる!! 答えろよ! ガイコツぅ!!」

「凄まじい気迫……。常識も希薄……!! 答えよう、剛毅なる頭おかしい者よ。メモリア・リガリアの規約で露骨な性的興奮を誘発させるようなシーンは一般配信で禁止されている。……が」


「が?」

「小娘のスカートが捲れて、果たして性的興奮を抱けるものか。我は問いたい。親はクソガキをちゃんと躾けろよ! と、我なら思う」


 男が思い切り闘技場の地面を踏みつけた。

 衝撃で陥没しクレーターが生まれる。

 闘技場の床や壁は戦いが行われる性質上、魔族が暴れても問題ない耐久値を保持しているはずなのだが。


「私はマスラオ! マスラオ・バロス!! 娘の名誉を傷つけたお前をこれから倒す者だ!! 死ぬまでの短い間よく覚えておけ!! エリリカちゃん! お父さんを撮りなさい!! 代わりに戦うから!!」

「えー。やだ」


 マスラオ・バロス。

 34歳。牛飼いである。牛の乳搾って生計を立てている。

 家族構成は父親マスラオと娘エリリカの2人だけ。


 雑に前髪をかき上げて眼鏡を外し、上着を脱ぎ捨てると身構えた。


「ふっはっは。本当になんやこの親子。気持ち悪い。うちのハァァンのゴミだ!!」

「覚悟しろ!! その骨を粉々にして牛の餌にしてやる! ミルクがさぞかし濃厚になるだろうよ!!」


「良かろう!! なんか知らんがかかって来い!! 我だってむしゃくしゃしている!! 気晴らしに殺してやろう!! 小娘はデザートに殺す! おい、小娘! 撮れ!!」

「やだ!!」


 視聴者を無視した戦いが始まろうとしていた。

 おっさんとガイコツの戦いに需要はあるのか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 先に動いたのはザッコル。

 悠然と構えていた髑髏の化け物だが、フラストレーションをかなり溜め込んでいたらしく「きぃえええええぃ!!」と勢いよく両手の爪をマスラオに向けて伸ばした。


「おい、それは伸びるのか!? エリリカちゃん! 武器貸して!! ちょっとお父さん、素手じゃ不安!!」

「やだ!! これあたしのだし!! お父さん手ぶらで来たの!?」


 剣はホゲーおじさんに借りたのではなかったか。


「エリリカちゃんのスカートの下に穿かせる黒いヤツと、汗かいてるかもしれないから着替えとタオル! あと軽食は持って来たよ、私!!」

「えー。そういうのなんかやだ。あたしの引き出し勝手に開けたんだ?」


「仕方ないでしょ! 牛の乳搾り終わったらエリリカちゃんいないんだから! お父さんだって慌てたの!!」

「あ。お父さん、前! 前!! ……もー。一応撮っとこ」


 エリリカが端末を向ける。

 お父さんは娘に注目されるだけで潜在能力のおおよそ9割を発揮できる生物であることは余りにも有名。


「きぃええええぃぃぃああぁぁぁ!! くたばれぃ!! 身の程知らずの人間め!! 魔王に挑むなど不敬極まる!! やーい、お前の娘もにーんげーん!!」

「やかましいわ、ガイコツ!! もっと低い声で叫べ!! そぉぉぉぉぉぉい!!」


 マスラオが手刀を振り下ろすとバキッと嫌な音がして、すぐに尖った棒状のものが回転しながら地面に突き刺さる。

 それがザッコルの爪だと気付いたのはエリリカだった。


 端末で骨の爪を撮影。

 ちょっと良い画が撮れて彼女の心境は複雑だった。


「……は? 我の爪を素手で折っただとぉ!? 貴様、何者だ!?」

「お父さんだって言ってるでしょうが!! ガイコツには耳がないのかな!? 耳がないね!! じゃあ全部聞こえてないのに会話成立してるの!? すごい!!」


「耳はなくとも聞こえておるわ!! 貴様、その力をどこで身に付けた!?」

「そんな事言われても知らん! 私、戦うのとか初めてだし! ……あ」


 マスラオが顎に手を当てて少し自信なさげに呟いた。



「……毎日牛の乳を9時間搾ってるからな、私。もう20年近く。それかな?」

「それであって堪るかぁ! 我は高位魔族! 魔王ぞ! 牛の乳で鍛えたとか言う力の前に敗れ去って良いはずがなかろう!! おい! 我の爪をちゃっかり拾うな!! 返せ! それすぐだったらくっ付くから!!」


 マスラオはザッコルの爪を手に入れた。



「よーし。お父さん、今日から剣術始めちゃうぞ!!」

「ちょっと! やだってば! あたしと被るじゃん! なんかコメント欄盛り上がってるし!! ヤメてよー!! エリリカのデビュー戦だよ!?」


 リアリアの急上昇ワードに「お父さんヤバい」が食い込んだ瞬間であった。

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