すみません! 勇者の父です! そこで配信してる娘の忘れ物を届けに来ました!

五木友人

第1話 この世界の昔話、あるいはイントロダクション

 ここはプロヴィラル。

 はるか昔、魔族の支配する土地だったこの世界はある時英雄によって解放された。


 彼の祖国はニポーンという。


 どこにあるのかは誰も知らない。

 この世界とは別の時空に存在するのかもしれない。


 自由をもたらした英雄は人も魔族も分け隔てなく接し、遺恨は許さぬ構えを頑として崩さなかった。

 異を唱える権力者はビンタして黙らせた。

 支配権を我が物にしようとする不埒な輩はグーパンで黙らせた。


 たまに黙ったまま動かなくなる者もいたがその様は抑止力となり、いつしかプロヴィラルから争いは完全になくなった。

 後世、英雄の掲げた平和理念はエゴイズムの押し付けだったのではないかとしばしば議論が巻き起こるものの、どのような形であれ争いでしか語り合えなかった者たちが顔をしかめ、唾を吐き合いながら光の消え失せた瞳で握手を交わした。


 これは歴史的な快挙であり、力の行使や方法は議論の余地こそあれど否定するには至らない。



 分かり合うまで平手を打つ。

 ニポーンではそれが日常らしかった。



 英雄の叡智は広く重用され、どんなに些細でしょうもない情報でも「原初の教え」として記録され、それは今も受け継がれている。


 英雄は学者だったとも研究者だったとも歴史家だったともされ、数多の知識をこの地に残した。

 そして70年の生涯を終える。


 彼は子孫を遺さなかった。

 英雄の血筋が独裁国家を造る可能性を危惧したのかもしれない。


 「皆が平等に生きていく世界を」との遺言を多くの民が守った。

 彼の者が遺し、築いてくれた文化と生活を大切にしようと種族の垣根を超えて人々は誓い合った。



 一部の者は普通に無視した。



 結構あっさりと人間による独裁国家が生まれた。

 始まる魔族狩り。


 「今までやられとるんじゃ、こちとら!」をスローガンに武器を持ち、魔法を放ち、人間は蜂起した。

 魔族たちはしばらくその様子を見ていた。

 15年ほど見つめ続けた。魔族の寿命は人の5倍ほどある。


 魔族たちは気付いた。


「あいつら何の反省も学習もしてねぇ」


 続けて魔族の中でも知恵者たちが気付き、驚き戸惑い、次第に慄き、最後は頭を抱える。


「あいつらの国、英雄が来る前より凄まじく脆弱になってね?」


 わずか5年で世界は魔族の統治下に戻った。

 今度は人間が思い出す。


「あ。俺ら支配されてたんだった」


 続けて願った。


「英雄、また来ないかな。反省したので。次はちゃんと平和とか色々と頑張るので。1日1回お母さんの手伝いもするので」


 都合の良い願いは天に通じず。

 それから長い年月が流れた。


 魔国歴326年。

 プロヴィラルは依然として魔族の統治下にあった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 英雄の遺した「原初の教え」を順守した魔族たち。

 最低限健康的な生活水準を全ての生きる者に与えよ。


 プロヴィラルでは人間にも参政権を許し、議会制民主主義へと移行していた。

 が、議論が白熱すると誰ともなくビンタを始めるため議会は4年に1度しか開かれない。


 民主主義など偶像である。


 実質的には大魔王による治世が行われ、配下の高位魔族が魔王として地方を分割統治する形が定着、ニポーンの戦国時代が似たような状況であったとされる。

 魔王が統治する地区の名称は『ハァァン』と呼ばれ、例えば南大陸の西部に位置するウフンア地方の正式名称はウフンア・ハァァンになる。


 何故かあまり積極的に呼ばれない。


 魔族も人間も働く権利を有しており、ハァァンによって方法は違えど希望する者には適正のある職が斡旋される。

 だが、人間はさほど積極的に働こうとしない。


 健全な社会構造を目指すプロヴィラルとしては由々しき事態であり、娯楽を提供する方針が魔王国議会で制定されたのが3年前。

 英雄の遺した叡智から生み出された『メモリア・リガリア』を使った映像や音楽の配信。


 ニポーンでンンーチューブと呼ばれていたものに類似している。


 これが全国土で爆発的に流行した。

 文化的価値の高い音楽から性欲を満たす素敵な動画まで、魔国議会が無償で国民に配布した端末によっていつでもどこでも見られるのである。


 流行らない理由を知りたい。


 メモリア・リガリアは『リアリア』と略されて今では人気の動画を視聴しなければ話題に乗り遅れ、1週間乗り遅れると村八分にされるほど生活に根付いた。


 さらにリアリアの普及によって失業率が3%まで改善。

 理由は単純だった。


 リアリアは無料の動画と有料の動画があり、人々が欲するものは基本的に有料。

 端末は故障すれば無償で修理されるし、希望すれば1人につき3台まで保持できるが望みの動画を視聴できなければただの四角い板である。


 働かなければお金がないので配信が見られない。

 配信を見たければ働かなければならない。


 リアリアの前に流行した人間の娯楽は綺麗な石を弾いて遊ぶものだった。

 ニポーンではハジキとかチャカとか呼ばれていたらしい。


 そんなものにはもう戻れない。

 娯楽によって勤勉が生まれ、プロヴィラル建国300と余年の歴史の中で現在、間違いなく国民の水準は高まっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そのような時勢で誕生したのが配信者という職業。

 視聴数に応じて魔国議会の予算から金銭を得る事ができる。

 資格も必要ないというお手軽さ。


 一攫千金を夢見て老若男女が配信者に名乗りを上げる。


 この機運を盛り上げようと魔国議会がちょっと良くない法案を施行したのが今年の初め。

 魔国歴326年の冬であった。


 ハァァンの統治者、つまり魔王に挑戦して戦う姿を配信する『下剋上システム』である。


 ただの平民が魔王を倒すだけで下剋上完了。

 次代の統治者に成りあがる。

 あと配信が盛り上がる。


 良いことしかない。

 リスクはちょっと殺されるかもしれないだけ。


 ハァァンのトップが代わってもその下で仕事をする者が離職する訳ではないので、当然各地の役所からはクレームが湯水のように湧き出て来る。

 慌ただしく出勤した朝とお腹空いたなと考えている退勤時間前で上司が代わる。


 仕事にならない。


 結果として、統治者たる魔王たちは力を存分に振るい押し寄せる配信者をなぎ倒す必要に迫られた。

 悪法にしか思えないが、リアリアの普及で国民からの支持率が高まった議会の通した法案であるからして異を唱えようにもそれを議論するのもまた議会。


 ならば、配信者を倒そう。


 「下剋上を狙う配信者」のことをなんかやべぇヤツなどと呼んでいたが、どうも聞こえが悪いと言う事で名称が正式に制定された。


 配信者の中でも過激な者たち。

 魔王と命の取り合いを繰り広げて権力、視聴者、副次的に生まれる富や名声、その全部を狙う。


 彼らを勇者と呼ぶ。


 激動の時を迎えた魔国・プロヴィラル。


 我々は観測者として行く末を見届けるのだ。




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 初日のみ2話更新!

 次話は18時更新です!


 以降は毎日1話更新でございます!

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