第11話 真実を知りたい

 夕暮れ時、まだ蝉の鳴き声が響き渡っている住宅街を、手土産のスイカ片手に歩いていく。叔父の家の前に着くと、ちょうど当人が庭先で植木の剪定をしているところだった。


「叔父さん、ただいま」


 中学から高校まで育った家なので、気兼ねなく中に入っていく。


 叔父は顔を上げた。短髪の厳しい風貌をしていて、パッと見は堅気の人間には見えない。タンクトップのシャツからはみ出ている上腕は筋肉で盛り上がっている。汗が夕焼けで輝く。蓮実に対して、ニコリともせず頭を下げた。


「蓮実ちゃん、いらっしゃい」


 おばさんが庭に通じる窓を開けて、中から出てきた。もう四十代後半のはずだが、肌の艶は一回りも二回りも若々しい。大学入学時、新入生歓迎のサークル勧誘で囲まれた際には、蓮実の姉と間違われていた。中学生の時から歳を取っていないように見える。垂れ目に泣きボクロが柔和な印象を与える。無骨な叔父とは対照的な見た目だ。


「外、暑いから、入ったら?」


 おばに促されて、家の中に入る。大手建設会社の代表取締役を務めている叔父は、昨年からの復興需要もあってか、羽振りがいい。家も去年の夏に建て直したばかりで、真新しいクリーム色の壁が彩り鮮やかに見える。


 クーラーの効いたリビングルームに入ると、荷物を床に置き、ソファに座った。すぐにおばがアイスティーを出してくる。グラスを受け取った蓮実は、かわりにスイカを渡した。


「ありがとう。これ冷やしておくわね。夕ご飯の後にみんなで食べましょ」


 おばはスイカをキッチンに持っていくと、野菜庫にしまった。それからクルリと振り返る。茶に染めた長髪がふわりと舞った。


「蓮実ちゃんがうちに帰ってくるの、ほんと久しぶり。年末年始が最後じゃなかった?」

「そう。ご無沙汰しててごめんなさい」

「いいのよ、気にしなくて。大学生だもの、家に居着くより好き勝手なことやって青春を楽しんでくれるほうがよっぽど嬉しいわ。カレシとかいないの?」


 またその話か、と蓮実は眉をひそめた。


「ううん、いない」

「自分から動かないと恋人なんて出来ないわよ。どうせまた蓮実ちゃんのことだから、付き合うイコール結婚とか考えているんでしょ」

「それがあるべき姿だと思うけど」

「やだあ、カタい」


 おばはコロコロと弾けるように笑った。


「いまどきの草食系男子が聞いたら喜びそうな言葉ね。いい心がけだと思うけど、少しは柔軟に対応しないと。好きな人もいないの?」


 好きな人、と言われて、咄嗟に涼夜の顔を思い浮かべた。だけど地味で暗い自分の恋人として涼夜が隣に立っている姿が想像出来ず、虚しい気持ちだけが募ってきたので、考えるのをやめた。


 次に水沢教授をなんとなく思い出した。好きなタイプでもなんでもないが、話はしやすい。少なくとも嫌いではない。だけど二回り以上歳が離れているのだけは受け付けられない。


 最後に御笠について考えてみたが、涼夜の劣化版のような印象が強くなっていることもあり、ただ顔が二枚目なだけだと思って候補から切り捨てた。


「いない」


 あれこれ考えた末に、結局我ながらつまらないと感じるような答えを返してしまった。


「ふうん、そう」


 おばはニヤニヤ笑っている。昔から勘の鋭いところがある彼女は、人の心をたやすく見透かしてくる。いまもまた、思考を読まれているのかもしれない。


 そこへ叔父が戻ってきた。外は陽が落ち始めている。


「お疲れ様」

「……今日は終わりだ」


 ボソリと呟き、叔父はキッチンから一升瓶を持ってくると、リビングまで持ってきた。


「富山の業者から送られてきた、酒だ。飲むか」


 無愛想に日本酒の瓶を突きつけてくる叔父。蓮実の過去のことがあるにせよ、生来人付き合いが苦手なのであろう、この物言い。それでいて大会社のトップを務められる才覚。


 蓮実は、叔父を、なんだかんだで愛しく思っている。


「うん、飲む」


 フッと微笑んだ。


 夕食が終わってからも、蓮実と叔父はリビングの向かい合わせのソファに座り、日本酒を酌み交わしていた。


「強いな」


 やや顔を赤くしている叔父は、まったく顔色の変わっていない蓮実のお猪口に向かって、一升瓶を傾けた。その様子を見ていたおばが、「移し変えるのに」と言いながら一升瓶を横から取り上げ、キッチンで徳利に酒を入れ直す。


 叔父は自分の妻の後ろ姿を目を細めて見つめていたが、顔をそちらのほうへ向けたまま、唐突に口を開いた。


「行くのか、玉造へ」


 蓮実はびくんと体を震わせる。まだその話はしていない。いつ切り出すかとタイミングを見計らっているところだった。


「図星か」

「どうして、わかったの」

「いつから親代わりをしていると思う」


 酒をクイッとひと息にあおり、叔父は鼻を鳴らした。


「電話越しの声色ですぐに悟った。とうとうその気になったな、と」

「叔父さん、私は――」

「何も言うな」


 きっと反対するであろう叔父を説得しようと、自分の気持ちを述べようとした蓮実だったが、先に叔父のひと言で言葉を封じられてしまった。


「言うな。認めん。あそこへ行くことは許さん」


 これまで遠回しに蓮実を過去のことから遠ざけていた叔父だったが、ここに来て、物言いが直接的になった。生まれ故郷へ行くことは許さない――そんな風にはっきりと言われるのは今回が初めてだ。


「聞いて。前から私は夢を見てるって、話してたよね。お父さんとお母さんの夢。それが、ついこの間見たのが、お母さんがお父さんを――」


 そこまで言いかけたところで、急に胸からせり上がってくるものを感じ、慌てて蓮実は口を押さえた。胸を焼き焦がすような吐き気に襲われ、なんとか耐えようとして、苦しみのあまり咳き込んでしまう。


 叔父は冷ややかな目を向けている。


「何を見た? 記憶の片鱗か? それを俺に説明できるか? できまい、その調子では。それは結局、お前が過去のことを思い出したくないからだ。違うか」


 違わない、と蓮実は思う。心の奥底では真相を知ることを拒絶している。だけど、本心がどうであろうと、無意識下に何が眠っていようと、本当のことを知りたいと思う気持ちに嘘偽りはない。肉体を超える、想いがある。


「教えて、叔父さん」


 こみ上げる吐き気を、膝頭を強く握ることで必死で押さえ込みながら、蓮実は真正面から見据えた。


「お父さんは、お母さんに……殺されたの?」

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