閑話


 どうも。

 こんにちは或いはこんばんは。貴方の心にキラリと輝く万能メイド、イザベラでございます。


「ふぁあ……おはよう、イザベラ」

「おはようございます、姫様」

「……いや、ホントはおはようございますじゃないんだけどね。何でいつも私の寝室にいるの?」

「お着換えのお手伝いをいたします。さ、こちらで顔をお拭き下さい。朝食の支度も出来ておりますので」

「聞いてないわね……」


 私の一日はいつも、マリー様の可愛らしい寝顔を眺める事から始まります。

 主人の心地よい目覚めを手助けする為には当然の事ですね。従者なら当然の心構えです。これに関してはマリー様の方がおかしいのです。


「んー……」


 眠気でぐずるマリー様を鏡台の前に座らせ、マリー様の身支度をお手伝いいたします。

 全く、マリー様の肌つやはとても言葉では言い表せませんね。世界が嫉妬する美肌です。


「んー……! ちょっと、もにもにしないで」

「必要経費です」

「なんの……?」


 よし、これで身だしなみも完璧です。

 マリー殿下、意外と身長がちっさくて可愛らしいですね……。長身の私と比べると、ちょうど頭一つ分くらいの差があります。キスするのに丁度いい身長差ですね。本に書いてありました。







 身だしなみを整え、朝食を終えると、早速お仕事の時間です。


 王家の仕事……は、姫様には殆ど任せられておりませんので。【劇団】関係の書類処理が、主な業務になります。


 カリカリとペンの音のみが響く静謐な空間……心が落ち着きますね。


 人の流れ、物の流れを把握し、情報戦で他国より一歩抜きん出る。劇団の創業理念はそのようになっていますが、今の所人員の殆どを王国内に集中させてしまっているというのが現状です。本来王国内に諜報網を張り巡らせる意味はほぼ無いので、なんとかしたいところですが……。


「こんにちは〜〜〜〜〜〜〜〜!!! 元気ですか!?!? 俺は滅茶苦茶元気ですよ!!!!!!!」


 ……来ましたね。最大の元凶である特大のアホが。


「……クライヒハルト。貴方、今日は騎士団の訓練があったんじゃないの?」

「終わりました!!! 『ドキドキ!! 今日はお前が騎士団長殺し!』の疲れで全員ダウンしちゃったので、今日は一日暇です!!!!」


 だからかまってください! と全力で尻尾を振る犬のように、満面の笑みを浮かべるクライヒハルト卿。

 

 王国最強の英雄である彼のせいで、現在劇団はほぼ機能不全に追い込まれているのでした。


 遠くで姫様がこの世の無常を嘆く顔を一瞬見せたあと、表情を切り替えたのが目に入りました。彼の相手をすることに決めたようですね。


 邪魔にならないよう書類を回収し、外に出ます。一応、私も劇団統括である劇団長の地位を戴いていますからね。私でも処理できる範疇です。


「……しかし、クライヒハルト卿はこう……もう少し、何とかならないのでしょうか」


 自分の言う事を何でも聞いてくれる英雄。要素だけ抜き出せば、これほど羨ましい存在も中々無いのですが。


 ・強い 

 ・権力、財力がある

 ・容姿にも優れている

 ・いつでも自分を最優先で考えてくれる


 うーん……。

 何か、詐術にかけられている気分になりますね。


 箇条書きの恐ろしさというものでしょうか。確かに合ってはいるのですが、本質は全く書かれていないというか。


「実際はこう……扱いの難しい召喚獣というか、契約を迫る悪魔みたいな感じですよね。要求を満たせなければ破滅するという点もそっくりです」


 クライヒハルト卿の、過去の経歴。


 かつてクライヒハルト卿は、公国という国に所属する冒険者でした。英雄を有していない、吹けば飛ぶような小国。


 この世界において、英雄を抱える事が大国と呼ばれるための条件です。クライヒハルト卿を手に入れたことで、公国は大いに調子に乗っていましたが……ある日を境に、クライヒハルト卿が出奔。


 英雄を失った公国は、あっという間に他国に攻め込まれ、併呑されました。英雄一人に依存した国が、果たしてどうなるのか。それを教えてくれるこの上ない教材と言えるでしょう。


 そして。クライヒハルト卿次第では、我が王国も十分に滅ぶ可能性があるのです。


 ……姫様、本当においたわしい事です。代われるものなら代わって差し上げたいのですが、どうしても私はクライヒハルト卿への畏れを消しきれず……。


「ふう……」


 ため息。


 クライヒハルト卿は、阿呆ではありますが愚かではありません。あの巫山戯た振る舞いも、ある程度意図してやっているのでしょう。


 しかし、だからこそ恐ろしいというか……理解不能の怪物に、ゴロゴロと擦り寄られている気分になるというか……。


「あ、イザベラさーん!!」


 ………。

 気持ちを切り替えたながら書類に手を伸ばすと、クライヒハルト卿がドアを開けて入ってきました。

  

 目の前に、底なしの奈落が現れたような感覚。

 

 全身に寒気が走り、今すぐにこの場を逃げ出したくなるほどの威圧感が私を襲います。


 つくづく実感します。こんなものが、人の形をしていて良い訳がありません。

 

「……ああ、クライヒハルト卿。どうされましたか? 貴方の飼い主はあちらですよ」

「あざーっす!!」


 震える歯の根を無理やり抑えて、罵倒の言葉を紡ぎます。こんなものにも喜ぶのですから、クライヒハルト卿のマゾ犬根性は恐れ入ったものです。


「いやー、イザベラさんに渡したい物がありまして!」

「おや、何でしょうか? ご主人さまの部下にまで貢ぐとは、随分お利口な犬ですね」

「あざす! いや、まさにその事でして……いつも虐めてくれる イザベラさんに、何かお礼したいなあと思って」

「お礼?」

「はい! 基本は甘々が好きなんですけど、やっぱこう……嫌々、事務的に虐めてもらうっていうのも乙な物でして! 淡々と処理されるっていうのもやっぱマゾ的には刺さるんですよね。その点イザベラさんは完璧というか、本当この前も素晴らしくって……」

「聞いていませんよ。……それで、渡したい物とは?」 

「はい! こちらです!!」


 私がマゾヒズムに詳しくなったとして、いったい誰が得をするのでしょう。そう思いながらクライヒハルト卿のSM講座を打ち切ると、彼は眼の前にスベスベとした牙らしきものを差し出しました。

 

「…………何でしょうか、これは。牙のように見えますが……」

「流石イザベラさん、お目が高い! これは以前ソロキャンに行った時に手に入れた、竜の牙です!」

「……………………」

「魔術的に加工すれば強身のお守りになりますし、短剣にしても良いですよ! 最悪売りに出せば、金貨数枚にはなると思います!」


 ……女性へのプレゼントに、動物の牙……。


 『手軽に手に入れられて、希少で、換金性も高い! こりゃ良いプレゼントしたぜ!』とでも思ってそうなクライヒハルト卿の顔を見つめます。


 ああ……昔、実家で飼っていた犬を思い出しますね……。彼もよく、狩りの獲物を自慢気に見せに来たものでした。枕元に鼠の死骸を置かれて絶叫したことも、今となればいい思い出です。


「……ありがとうございます、クライヒハルト卿……」

「いえいえ! 大して強くもなかったですし!」

「ああ……コホン。マゾ犬の足りない頭なりに、精一杯考えましたね。貴方は貢いで興奮するマゾなのですから、せいぜいこれからも沢山貢ぎなさいね?」

「ありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!」


 ……悪気は無いのですよね、悪気は。悪気が無ければ何でも許されるのかという話ですが。

 

「では! これからもどうぞよろしくお願いしますね!」


 突如降って湧いた高級素材の使い道に思案していると、クライヒハルト卿はあっという間に去っていきました。また再びマリー殿下の元へ行ったのでしょう。そろそろ手が震えだしそうだったので、正直助かりました。


 嵐のようでしたね。英雄とは人型の災害なので、あながち間違っているとも言えません。


 ガランとした執務室で、全身を押し潰さんばかりの威圧感から逃れられたことにほっと一息をつきます。


「……良い人なのは、分かってるんですけどね」


 王国貴族たちの信頼を勝ち取り、第一騎士団の長に任じられているのは伊達ではありません。クライヒハルト卿が、英雄として有り得ないほど善良な性格をしているのは分かっています。


 だからこそ、出来る限り怯えないようにしたいとは思っているのですが。なかなか困難です。……生理的嫌悪感と言うと、余りにも言葉が強すぎますが。英雄の持つ強さへの畏怖は、いかんともし難い物があるのでした。









 好き勝手に寝ころび、飯を食い、姫様に散々構ってもらえて満足したのでしょう。クライヒハルト卿は夕食をしなびた顔で食べた後、嵐のように帰っていきました。クライヒハルト卿、異常に舌が肥えているのですよね。調理担当の者が自責の念で世を儚んでしまいそうになるので、勘弁してほしいのですが。


「あ゛あ゛~~~~! つっかれたぁ!!! 死ぬ! 死んでしまうわ、イザベラ! このままだと私のかわいくてちっちゃな胃がストレスでパンクしちゃう!」

 

 そう言いながらベッドでジタバタする姫様に、私は尊敬の念を抱かざるを得ません。


 あの英雄をほぼ一日相手して、その程度で済ませられることがどれ程の偉業か。私ならまず間違いなく、三日間はベッドから動けませんし、その間一言も口がきけません。劇団員ならばみな一人残らず同意してくれるでしょう。


 マリー殿下は間違いなく天才です。人の上に立つ天賦の才をお持ちです。英雄と対等に渡り合えているのですから、もう英雄と言って差し支えないかもしれません。


「流石でございます、姫様」

「ありがと……」

 

 果実水をそっと差しだすと、姫様は死んだ目でゴクゴクと飲み干しました。可哀想に……王家の血を引く一国の姫が、まるで酒場でくだをまく中年労働者のようです。


「あ゛~~~~~! なんかこう……明日になったらクライヒハルトの性格が変わってないかなぁ! もっと……何だろうな、趣味本に出て来るようなキラキラした性格が良いわ!」

「姫様、昨日も同じことを言ってましたよ」

「叶うんだったら何百回だって言ってやるわよ!」


 そう叫ぶ姫様の眼は、まるで薬物中毒者のようにキマっておられました。お可哀想に……。


「はあ……そうだ、イザベラ。何となくだけど、また数日後くらいに劇団を呼ぶ必要が出て来ると思うわ」

「またですか。幸い、今の時期は人員にも余裕がありますが……」

「しょうがないでしょ、クライヒハルトがまた特殊なご褒美を欲しがってそうなんだから……まだ全然変わる可能性はあるけど、今回はたぶんシスター系ね」

「……となると、修道服に、教会の使用許可が必要でしょうか。それに、周囲の人払いも……」


 脳内に必要な物と人員を思い浮かべながら、マリー殿下へそう返します。教会系のプレイは今まで何度かやった事がありますが、普通に不敬すぎて劇団員の中でもキレる人がいるから難しいんですよね……。


 クライヒハルト卿、恐らく死後は地獄ゆきでしょう。英雄の性欲とは恐ろしいですね。あと、シスター服に興奮するとかいう発想も普通にキモ過ぎます。彼の性欲だけ未来に生きています。


「また寝込みますよ、劇団員が」

「申し訳ない……ホントに……! 申し訳ないという気持ちだけは痛いほどある……!」


 キツイ仕事とかそういう次元を通り越してますからね、クライヒハルト卿の相手。姫様が一番身体を張っているので何とか我々劇団員も耐えてますが、もしそうでなければ流石に転職者続出だったでしょう。


「……はあ」


 懐にしまった竜の牙を、掌で軽く弄り回します。

 

 恐らくこの竜、相当に高位の竜……それこそ、幾つかの伝説に謳われていてもおかしくない程の力を感じます。英雄ですら何人かは苦戦を強いられるでしょう。


 それを、『大して強くなかった』ですって。彼にとってあの竜は、私への貢ぎ物程度の価値しかなかったという事です。


「……世の中、ままなりませんね」

「それな!!!!!」


 英雄の中でも飛びぬけて異常な、彼の黄金の肉体による威圧感が無ければ。あの捻じれきった性癖が無ければ。


 クライヒハルト卿、大いにモテていておかしくないと思うのですが。


 でも、そうなると王国は割と滅びていた可能性が高いわけで。人生、何が幸いするか分かりませんね。そう考えながら、私と姫様はこの不条理な世界に頭を悩ませるのでした。

 






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